制服を脱いだ貴方は過去になる話

李都

制服を脱いだ貴方は過去になる話

 鐘の音が鳴る。純白のドレスを身に纏い、真っ赤に続くバージンロードを父親に連れられ歩き始める。幸せに包まれたこの空間で、ひとり思い出していたのはこの先を共にする彼のことではありません。もっと昔、学生時代に思いを寄せていた貴方のことでした。



 ◇



 出会いはもう幼稚園まで遡らなくてはなりません。たまたま同じ幼稚園に通い、たまたま同じ小学校に進学する男の子。それが貴方でした。

 初めて周りの男子とは違う感情を持つことに気がついたのは中学生の頃。私は恋を知ったのです。気づいたといえどもそこから何を願ったことはありません。ただ、この先もずっと今のまま、仲の良い幼馴染でありたいとそれだけでした。


 高校生になって貴方に彼女ができたとき、少し心が痛くなりました。これからは彼女を優先させなくてはならないのですから、今までのようにそばにはいられないと思ったのです。まあ、彼女ができたからといって私との仲を変える貴方ではなかったのですが。しかしそのおかげで、実は嫌がらせを受けてたなんて酷い話ですよね。まあ、彼女からすると、彼氏に近づく嫌な女だったでしょうから私も悪いのですが。

 そんな彼女とは長く続かず(当たり前です、他の女と仲良くするのですから)、貴方は結局すぐに独り身に戻っていました。


「やっぱ、お前といるほうが落ち着くわ」

「まあ、ずっと一緒にいるからね」


 なんて、軽くやり取りをしていると、


「試しに付き合ってみる? 俺ら」


 と、それはそれは軽く告白まがいのことを言ってみせましたね。私、本当にびっくりしたんです。そんなことを軽々しく口にする人ではなかったから。


「それはごめんなさいするわ」


 と、驚きのあまり早口で返してしまいました。


「……それが正解」


 なんて笑って言っていたけど、あの時、貴方はどんな表情をしていたのでしょう。貴方の顔を見れませんでした。私は俯いたまま、自分の顔を見せられなかったのです。

 このことは今でも怒っているんですよ。貴方は私の気持ちを知りながらこの発言をしたのですから。人の気持ちを弄ぶのはどうかと思います。それに、今でも考えてしまうのです。もし、あの時「はい」と言っていたらどうなっていたのだろうかと。

 それからもいつも通りに仲の良いクラスメイトで幼馴染。お互いの家を行き来するのすら日常でした。



 それがある時、ただの幼馴染から少し歪になったことを覚えてるでしょうか。あれはなんの日でもない平日の夜のこと。貴方から突然のメールの受信に、何だろうとそれを開くと、とんでもない内容だったのです。


《俺と2人でホテルに行ける?》


 どういう意味だったのでしょうか。きっとそういう意味のメールでしょう。私は驚きと焦りで家族のいるリビングから自室に逃げ込みました。私が返した返事は、


《どうしたの?》


の一言のみ。その後しばらく時間を置いて貴方は返信してきましたね。


《友達が勝手に送った! 悪ふざけだから、気にしないで》


 当時は、気が動転しててそのまま言われた通りそれ以上の追求はしませんでした。でも今思うと、携帯のパスワードを友人がどうやって解除したのでしょうか。不思議なこともあったものです。


 その頃は私も思春期の女子です。あのメールから貴方とそうなることを想像してしまったのです。でも、当時の私はそうなることの喜びなど、まるで分かりません。ただ、恥ずかしさと気まずさがいっぱいで、明日から貴方にどんな顔で会えばいいのか、そればかりを考えていました。そして、もしそうなってしまえば、もう幼馴染ではいられないのではないかと、怖くなったのです。


 結局、あのメールには触れることはなく、表面上は今まで通りの仲のいい幼馴染を高校三年生の終わりまで続けました。その裏で、私は貴方へのもやもやを、今でも抱えてしまっているのですが、それはまた別の話でしょうか。



 そんな私たちに訪れた初めての別れがやって来ます。それが大学進学でした。それまでは、中学校は持ち上がり、高校も成績が似通ってることから第一希望が同じでそのまま合格。さらには高校三年間同じクラスと、息をするように一緒に居続けました。

 聞くと、貴方と私の志望する大学は違いました。同じ都会にある大学とはいえ、通うところが違うのです。きっと会う回数は減るでしょう。その証拠に、中学校時代の友人とは、会うこともなくなっているのですから。私は、初めて貴方の居ない生活を意識しました。



 別々の大学へ進学することとなり、お互いに新生活への期待に胸を膨らませていました。一方で、私は自分の恋に決着をつける時が来たのだと悟ります。貴方と共に過ごすのはこの高校生活が最後になるだろうと。


 偶然、世間はバレンタインの時期でした。これは、最後に何かをするには都合の良い行事だと思い、私は初めてチョコレートを渡すことにしました。お別れと、あわよくばの意味を込めた不純度満点の本命のチョコレートです。もちろんそれを貴方には伝えませんでした。ただ、今までありがとうのチョコレートだと。

 貴方は少し驚いた表情をしてみせたけれど、すぐにいつもの調子に戻りました。本当に、いつも通り、お菓子を分けあった時と全く同じ様子でした。その時私は思ったのです。私の恋が実ることは絶対にないのだと。



 それから特に何もなく高校を卒業し、それぞれの新居に引っ越しました。

 結局、高校卒業後に貴方に会ったのは成人式と同窓会の二回だけです。住む場所が離れては、会うことはおろか連絡を取ることさえなくなっていました。つまるところ、その程度の関係だったのです。私たちを繋ぐものは同じ制服を着続けたこと、ただそれだけでした。それを脱いでしまえばお互い過去の人のひとりにしかなりません。中学時代の友人たちと同様にです。

 

 きっとこれから先、街ですれ違っても気づくことはないし、気づいたとしてもお互い隣に居るのは別の誰かだと思います。漠然とですが確信していました。私は貴方の事を好いていたけれど、貴方はそういった意味で私を好いてはいなかったでしょう。貴方の恋人になることなどあり得なかったのです。


 私は、高校を卒業したあの日、貴方に失恋をしました。



 ◇



 あれから私には新しい出会いがありました。今、私の隣で旦那になろうという彼です。彼は貴方を忘れられない私のことなど知りません。それでも、私のことを愛していると言ってくれる大切な人です。

 私は、私の隣にいてくれるこの人を愛しています。きっとこれからもずっと愛しています。


 でも、確かにあの時の私は貴方のことが好きであったし、貴方に恋をしていたのです。あの日あの時、貴方を想っていた時間が、私の人生、最初で最後の恋でした。

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