第27話
今は夜か、それとも昼か。時間の経過さえ曖昧だ。
暗闇にいるのは、元々苦痛ではなかった。安心できる。自分一人だけの空間ならば、誰にも会うこともなく罪悪感と恐怖を覚えることはない。
少しマシになっていたのに、いきなり父の跡を継ぐことになった重圧と不安は身を引き裂かれるより過酷で、死んでしまいそうなほどだ。
毎日寝る前に終わらせた政務を再確認してしまう。どこか不備はないかと。間違いはないかと。まだすべきことがあるかと。いつもより早く起きてしまう。おちおち寝ていてはいけないと。
心臓が圧し潰されるほどの不安は日に日に増していって、ウィリアムは落ち着きがなくなっていって、元の暗闇に安息を求めた。
随分と懐かしいかつての居場所は、やはり落ち着く。精神が揺らぐことはなく、眠りにつくより穏やかだ。
(やっぱり、俺はダメだ)
王族の重圧は和らぎ、ずっとこのままでいたいという願いが。ウィリアムの精神を安定させる休息は、最早睡眠でも食事でもなく暗闇に包まれた自室の隅で蹲っているときだけだ。
そうやっているときだけ、ウィリアムはなにもかも忘れられる。過去も立場も国も。ただ一人の人間でいられる。
「ウィリアム君? 私、レイチェルよ」
時折、外からの呼びかけが唐突にウィリアムを現実に引き戻す。そして、自覚させられる。役割を。責任を。
「あのね? エリスちゃんが言ってたことなんだけど。会食のときの魔物は王宮内から現われた可能性が高いの」
「殿下、よろしいでしょうか?」
「ウィリアム王子、お話が」
「食事をお持ちしました」
すべての責任が、いきなりウィリアム一人にのし掛かってきたと錯覚する。父はいつもこんな重すぎる責任を背負っていたのか。
そして、父になにかあったら自分が毎日すべての責任を背負わなければならない。今までとは違う。
吐き気すら催すプレッシャーは、着実にウィリアムを蝕んでいった。
(なにやってるんだろう、俺・・・・・・)
こんなことをしていていいわけがない。わかっているのだ。だが、また同じことなのではないか? 結局自分のせいでなにかとんでもない失敗をしてしまうのでは?
母のときのような・・・・・・・・・。
そうだ。どうせ俺にはなにもできない。
母を死なせた。信じてはいけない人を信じた。父も俺に期待してはいない。変えたかったはずなのに、結局は逆戻りだ。ならなにもしないほうがいい。
人と会うのがこわい。皆俺を責めている。残念なかんじで見ているんだ。
唯一自分の側にいてくれた女の子にさえ八つ当たりをしてしまう体たらくだ。
(ダメだ俺は・・・・・・)
変りたかった。変らなきゃいけないとおもった。いつまでもこのままではいけないとおもいながらもきっかけがなく、ダラダラと先延ばしにして逃げていた。
そんなときエリスに出会った。
あんな風に強いエリスに、ウィリアムは憧れた。レイチェルでさえ手を焼いた相手を瞬く間に打ち倒したエリスはかっこよかったのだ。
エリスの非常識には呆れることしかなかったけど、内心はエリスのようになりたかった。だから格闘術を学ぼうとし、体を鍛えていた。
なのに、エリスから教えられた格闘術の初歩もまだ習得できていない。最近は疎かにしている。仕方がないと言い訳しても、後ろめたさが消えない。
いつまでも、自責の念が苛むのだ。
自覚しているウィリアムの弱さは彼の心を縛り、やる気を遮り、責任感を蝕む。蹲り怯えるだけの昔のウィリアムにしてしまう。
(もう、いいかな・・・・・・・・・)
バンッッッ!
突如としてけたたましい衝撃音がして、心臓がとまるほどウィリアムは戦いた。恐る恐る毛布を捲ってみると、バルコニー側の窓が開いていた。
風で開いてしまったのか、今も激しく壁に打ちつけられている。黒一色の室内に、目が痛いまでの陽光が差し込んできて気持ちが悪い。
ああ、そうか今は夜じゃなかったのかとなんとなくおもい、そしてこんなどうしようもないことでビビってしまうなんて、と死にそうなくらい恥ずかしくて、情けなかった。
「もう・・・・・・・・・いいかな」
そして、すべてを投げだしたくなったウィリアムは、フラフラと危なげな足どりで歩みを進めてバルコニーに足を踏み入れて、
「きゃああああああああ!!」
悲鳴が、そして王宮内で今までにないほどの破壊音がそこかしこで上がりつんのめりそうになった。
「貴様がウィリアム王子か」
「っ!?」
音も気配もなく頭上からの声に反応する間も、自分を覆い隠す人型の影に気づく余裕もない。
「なるほど。やはり王都のときの。来てもらおう」
声の主の動きに対応もできなかった。瞬きを一つすると目の前に誰かが立っていて、拳を腹部に喰らう。
激痛とともに息が詰まるほど苦しくなり、呼吸ができない。朧気な視界と遠くなっていく意識では顔を見ることは叶わず、膝を屈する。
「『ローガン流・・・・・・格闘術』・・・・・・?」
自分に使われたのがなんなのか。咄嗟の記憶で感じとるのがやっとだった。
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