第25話

 トリスティニア国王は命に別状はなく、過労だった。安静にしていれば元通りなのだが、いかんせん高齢なので完治までは時間がかかる。


 医師の診断と処置に胸を撫で下ろしながら、皆次の行動に移った。政策、方針は事前に打ち合わせていたので滞りはない。それぞれの役目に邁進していた。


 一つだけ、どうしても困ったことがある。国王が普段していた政務を誰が引き継ぐかということだ。


 中には王族しかできない内容も混じっているので、おいそれと誰にでも任せられるものではないし、病床の国王に無理はさせられない。


 否応なしに、ウィリアムに一任せざるをえなかった。


「ウィリアム君? 入るわよ?」


 ノックをしても応答がなかった。おそるおそるドアを少しだけ開けて瞳だけでこっそりと室内を確認する。


「いだだだだだだだだだだああああああ!?」


 寝そべったエリスは、ウィリアムの腿の外側から自身の足で巻き込むように挟んでいる。自身の両手で相手の両手を持ちながら寝るようにして背中を反らせるように体を天井へと吊り上げている。


「この馬鹿女やめろおおおお! 折れる折れる折れるうううう!」

「これは僕が普段使う型とは違う。相手を拘束しつつダメージを与える技中心にしたものの一部だよ」

「どうでもいいわあああ! 早くやめろおおお!」

「うわ・・・・・・・・・」


 おもわず声が出てしまった。ウィリアムはエリスに技をかけられながら叫び、そして政務に必要な書類は床に散らばっている。


 しかも暗闇に近い、朧気にそうだろうというのが感じとれる明るさで。


 混沌としていた。とてもじゃないが、国王が倒れて王国の危機的渦中にいる人物とはおもえない。


 ぼ、ぼ、ぼ。と杖の先端からまず魔法で炎を灯す。それを少しずつ分裂させつつ四方へと飛ばし、燭台に燃え移らせる。


「あ、レイチェル」


 室内が明るくなったことで来室に気づいたエリスはあっさりと技を解いた。


「レイチェルこいつなんとかしてくれ! もうクビだクビ! こいつ俺の背骨を折ろうとしやがったんだぞ!」

「いいやウィリアムが悪いんだ! 自分から食事はあとでいい先に食べてろって言ったのに僕が食べてると嫌味言ってきたりわざとらしく溜息ついたり!」

「気が散るんだよ! せめて音がわからないようにしろ!」

「口で言えよわかるわけないだろ! 第一カーテンも締めきってて窓も開けられてないんだからしょうがないだろ!」

「察しろ!」

「なにを察しろってのさ!」

「「レイチェルどっちが悪い!?」」

「はあぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・・」


 ぎゃあぎゃあと二人はお互いの非を挙げ責め合っている。喧嘩するほど仲が良いとはいうけど、レイチェルが来る度来る度喧嘩をしているのだからたまったものじゃない。


 また二人が取っ組み合い、口だけでなく手が出てしまうほどの喧嘩をはじめようとしたところで、レイチェルの堪忍袋の緒が切れた。


「あっ」

「お?」


 二人の体が柔らかく、それでいてぎゅっとした風に包まれ僅かに浮いた。抵抗もできないほどの風の拘束を受けていると、頭上にびゅうびゅうと空気が吹き荒れ、圧縮されながら集まっていき、強固で巨大な塊となって。


「いい加減にしなさ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~いっっっ!!」


 二人の頭にごっちん!! と直撃した。


 あまりの痛さと衝撃は拘束がなくなっても尾を引き、喉を絞らせているような唸り声で足をぴん! とさせながらもんどり打つ。


「二人とも、そこに正座しなさい」

「い、いやでも」

「僕はウィリアムが」

「もう一回してもいいの?」

「「・・・・・・・・・」」


 このところ、レイチェルが二人を叱るときが増えている。やり慣れてしまった正座は、レイチェルだって本当はさせたくない。エリスとウィリアムの二人がどうして喧嘩をしてしまうのか嫌になるほど理解できているのだ。


 ウィリアムの生活は一変した。


部屋中の明かりをすべて消し、窓も常に閉じ外にも出なくなった。エリスとの鍛錬もできなくなり、食事もとる量と睡眠時間が減っているらしい。


 政務に集中するためだと言ってはいるが、そこまで仕事量は多くない。ウィリアムのメンタルが不安定になっているのが関係している。


 自分にできることをなんとかこなそう、やらなきゃいけない、俺しかできないやれないんだからという気持ちが、状況が、プレッシャーとなっている。余裕がなくなっている。


 父親が倒れてしまったことと、すべての責任を一人で背負わなくてはいけないプレッシャーはウィリアムの生活を逆戻りさせた。


 というか悪化している。


「あなた達、今がどういう状況かわかっていて?」


 エリスも、レイチェルや周囲の言い聞かせによって、なんとなくだがウィリアムの辛さがわかっている。今どれだけ大変なときなのか。彼女なりの配慮をしながら接している。それはエリスを知っている人ならば大人しすぎるというくらいに。


 いかんせん、ウィリアムもエリスもまだ子供だし、四六時中一緒にいるからどうしてもストレスを溜めやすくぶつけやすくなってしまう。結果が、毎日喧嘩という形になっている。


 レイチェルがとめても根本的に解決していないし、納得もしていない。解消されない不満・ストレスを溜めていってちょっとしたときに爆発して、また喧嘩をしてしまう。悪循環だ。


 レイチェルとて、代われるものならば代わってあげたい。


 二人の事情も非も理解した上でレイチェルの答えは、どっちもどっち。両成敗だ。


「・・・・・・・・・なんだよ。エリスの肩持ちやがって」

「あのね? 別に私はエリスちゃんの肩を持っているわけじゃ」

「・・・・・・・・・俺は王族として、父上の代りとしてできることを最大限できるようにしているだけだ。それを責められる謂われはない。誰かに迷惑かけてるか? 俺のやっていることは間違っているか?」

「迷惑はかけてないわ。間違ってもいないし」

「ほらみろ」

「でも、心配をかけているじゃない」

「・・・・・・・・・っ」

「ウィリアム君が本当に陛下みたいに一人で今までどおりできるんだったらエリスちゃんだって私だってなにも文句いわないわ。でも臣下に心配かける主は、果たして王にふさわしいのかしら?」


 沈痛な面持ちで、弱々しい光で睨みつけてくる。図星をつかれて、悔しいのに反論できないということをありありと示している。


「でもだからといってエリスちゃんが正しいわけではないわ」


 なんだい、レイチェルの言うことなら素直に聞くなんて。とブスッとしていたエリスが今度は俯く。淡々とエリスの悪いところを噛み砕きながら指摘していく。次第にしゅんと落ちこんでいくところを見るときちんと伝わっている。


「わかった? 二人とも」

「・・・・・・ごめんなさい」


 きっと、これで終わりじゃなくて二人はもっと喧嘩が増えてしまうだろうとレイチェルは予想していた。もしそうなったら、いざというときも考えておかないといけないが、レイチェルもそこまで余裕はない。


「ウィリアム君?」

「・・・・・・・・・どうせ俺は父上とは違うからな・・・・・・」

「え?」


 ウィリアムが顔を上げる。あっ、と胸をつかれた。

 泣いていたのだ。ウィリアムが。


「俺は父上にだって認められていないダメな王子だからな。家来に叱られて護衛に技をかけられて、母親まで死なせてしまう最低なやつだ・・・・・・・・・」


 怒っていて、絶望していて、歯を食いしばって必死になにかを我慢していて。そんな顔でただ涙を流していた。


 レイチェルは、自分の選択が誤っていたと初めて悟った。


 ウィリアムは限界だったのだ。


「わかっているんだよ俺だってっっっ! 俺なんか後継者にはふさわしくないってっっっ! この国を守るのも継ぐのも至らないダメなやつだってっっっ!」

「ウィリアム君、一旦落ち着いて――」

「うるさいっっっ! 今更なんだよ! レイチェルだってずっとずっとずっとなにもしなかったくせに! いざ俺が自分でできることやろうとしていたら偉そうにしてきやがって! 都合のいいときだけ親身なフリするなっっっ!」

「そ、それは・・・・・・」

「お前もだこの馬鹿エリス! この格闘術しか取り柄のない馬鹿女! 腕力馬鹿!」

「な、僕は――」

「うるさいうるさいうるさい! がさつなくそ女あああ!」


 とまらないウィリアムの感情の発露は、時間の経過とともに激しくなっていく。火のついた赤子が泣き叫んでいるのにも似ているが、ここまで人を悪く言うほど感情が爆発しているウィリアムはついぞなかった。


 だからこそ、ウィリアムの一言一言に心を抉られ、


「もういいっっっ! 出ていけっっっ!! お前ら皆出ていけっっっ!!」


 レイチェルはエリスを伴って部屋を後にせざるをえなかった。

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