第24話
王族が会食をするのは珍しいことではない。平時でも政務が滞らないように、他国や商人、貴族と食事をともにすることは多々ある。時間を惜しんでいるだけではなく、食事をともにすることで信頼関係を強固にし、情報交換もしやすくなる。
むしろ政務の一環と呼んでも差し支えない重要な会食に、ウィリアムは今の今まで参加したことがなかった。
少人数でありながら物々しい重要人物達と席をともにしているのは、ウィリアムには過酷すぎる緊張だった。
テーブルマナーを乱さず、礼を崩さないだけで精一杯で父であるトリスティニア国王達の会話には耳を傾けることしかできていない。
「父上はどうして俺を参加させたんだろう・・・・・・・・・」
ちらりとレイチェルに助け船を願ったが、彼女は少し遠い席なので、なんともしがたい。そうこうしている間にレイチェルが意見を求められ淀みなく答えている。
他に話しかけられる人物なんて、ここにはいない。心臓が縮んでいくほどの心細さのせいで、異常に喉の渇きから水を飲もうとした。
フィンガーボールの器だった。誰も気づかれなかったけど、それが逆に萎縮していく原因になった。
最初は不審がっていたが、ここで俺もなにかの役に立つとアピールする、やる気があるってことを示す! と心の底でガッツポーズしたのだが、無駄だったのかもしれない。
「殿下はどうおもわれますか?」
「え?」
騎士団長グリフが鋭い眼光で睨むようにしてウィリアムを見据えていた。話を聞いていなかったわけじゃないが、突然すぎる。
「王都に人員を増やしたほうがよいとおもわれますか? 間者を探索し根本を絶たれたほうがよいと自分はおもうのですが」
「いやいや。それよりも領土内の見回りを増やし徹底した調査をしなくては領民も不安が消えませぬ。第二第三の魔物の出現を防ぐためにも――」
「しかし、ゲルマニオン国の動向も探るべきでは?」
グリフも大臣も皆、ウィリアムに一種の望みをもっているのだ。近頃のウィリアムは変りつつあるし、会食にも出れている。だから、王族として目覚めたのだと。
だからこそ、意見を求めた。対等な存在として、自分達が仰ぐべき主の一人として。
「皆様、殿下は――」
「いや、レイチェル。いい」
助けてくれようとしたレイチェルを制した。そこまではよかった。
「お、俺は―――」
頭の中が真っ白になった。喋ろうとしていたことを忘れてしまうと全員の視線が集中していて―――。
ゾッとした。
呼吸が荒くなって喋れなくなる。唇が震えて動悸が激しい。「こひゅっ・・・・・・・・・こひゅ・・・・・・」と喉から空気が漏れているときみたいな悲鳴しか出ない。
「殿下?」
「まだ早かったか・・・・・・」
トリスティニア国王、父の呟きが胸に突き刺さった。
「騎士団長、王都の人員は増やさずともよい。もし間者がいれば却って怪しまれよう。騎士団を連れて魔物が出現した箇所以外の場所を徹底的に巡回せよ。ゲルマ二オン国の動向については商人らのほうが詳しかろう」
「「「ははっ。かしこまりました」」」
淀みない整然とした命令は誰も異論を挟む余地がなかった。自分の情けなさが際だって、泣きそうになった。国王と最後に目が合った。
自分に対する失望と静かな怒りが宿った目だとおもうと、ウィリアムは背けるしかなかった。自分はなにも成長していない。来なければよかったと後悔した。
「であるならば陛下。同時に魔物達を運んでいる商人らの調査については? 私マーリンとレイチェルに任せていただけますので?」
「ふむ・・・・・・・・・」
「失礼ですが、私達だけではとても。誰かにお手伝いいただけないかと・・・・・・・・・」
「これレイチェル。今はどこも人手が足りないのはわかっているじゃろうに?」
「はい。なので――」
「!」
ウィリアムは、レイチェルの言い淀んだときの表情と、こちらに対する目線で、意図を察知した。
自分に手伝わせることを上奏しようとしていると。
(ここだ)
ウィリアムは立ち上がらんばかりの勢いで立候補しようとし、
「ウィリアムには任せんぞ」
「っ」
言う前に、望みを絶たれた。
「へ、陛下。理由を伺っても?」
「これにはまだ荷が重い。己の護衛が側にいなければなにもできぬであろう。それにそなたがいなければ己の意志さえ示せぬ」
「し、しかし」
なおも食い下がろうとするレイチェルはありがたいが、ウィリアムはもう心が折れていた。実の父親にここまで理解され尽くし、その上で否定されたのだから。
褒めてもらいたかったわけではない。優しくされたくはない。
ただ認めてもらいたかった。
「父上、俺は――――」
「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「誰かあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
つんざく男女の悲鳴が厨房から響き、一同がざわついた。
「なんだ、いかがした!?」
誰よりも早く我を取り戻したグリフが厨房へとむかおうとしたが、扉がいきなり開かれた。そして腰を抜かしかけた。
巨大な鳥の魔物、ロックバードが運ばれてくる途中だったのだ。
「な、なんだこれはああ!?」
「あ、団長さん。こんにちは!」
魔物を背負い直したことで、運ぼうとしてる誰かが顕わとなった。まさか、となんとなく予想はしていたがやはりエリスだった。
「またお前かあ! 一体なんだこいつはぁ!」
「魔物です!」
「見たらわかる! なんで魔物をここまで持ってきているのかと聞いているのだ!」
「皆で食べようとおもいました!」
「は、」
「このロックバードってとっても美味しいんです! だからウィリアムと国王陛下と全員で食べたらいいっておもって持ってきました! そうしたら料理長がこっちまで来ちゃって」
「ば、」
グリフが怒鳴る前に、ウィリアムは駈けていた。駈けながらエリスの頭めがけて腕を振り上げ、
「バカヤロオお前バカかあああああ!!」
ゴンッッッ!!
渾身の全力で殴った。
「い、いたああああ!? なにするんだよウィリアム! いいパンチだけど!」
「うるせえええええ!! お前控えの間にいるはずだっただろうがあああ!! お前は護衛の役割を放棄してなにしてたんだあああ! 第一どこから持ってきたあああ!」
「そこにいた」
「嘘つけえええ! どうやったら王宮の中でロックバードなんて見つけられるんだよ! うちの警備や騎士達は飾りか!? んなわけねぇだろ!!」
「まぁそんなことはどうでもいいさ! 僕は最初料理長に調理をお願いしようとしただけなんだ。なのにいきなり驚いてそれで勝手に大騒ぎをされたんだ。冷静に僕の話を聞いていればここまでの騒ぎになんてならなかったんだよ」
「なに料理長のせいにしようとしてるんだああ!! 今どんな状況かわかってるのかああ!!」
「あ、あのウィリアム君落ち着いて?」
「うるせええ! レイチェルは黙ってろおおお!」
そこでウィリアムは、ハッ! と我を取り戻した。
「なんと、殿下は怒るとあのように手が付けられなくなるのですか・・・・・・」「陛下の若いときのようですな」「それよりもまたエリスが」「見ろ、グリフ様のあのどうしてよいかわからぬ気まずそうなお顔」
だめだ。
もうここからすぐにでもいなくなりたい。羞恥心塗れのウィリアムにはへたれこんで両手で顔を覆って泣くのを隠すことしかできない。
「エリスお前俺のこと嫌いだろおおぉぉぉ・・・・・・・・・」
「なに言ってるんだ。僕はウィリアムが好きだぞ」
「うそつけぇ・・・・・・!」
「そうじゃなかったらこの魔物のお肉を持ってきたりなんてしやしないさ」
さっきとはまっっっったく別の理由で死にたい。来なければよかったと後悔している。
「うん、あのねエリスちゃん。どうしたの?」
流石に、これは狼藉ととられても仕方ない所業だ。レイチェルも黙っていられない。ごっちん! するために魔法をいつでもできるように準備しつつ、かまえる。
「だってウィリアムにもお父さんにも楽しんでもらいたかったんだ!」
「・・・・・・・・・」
「食事って楽しむためのものでしょ!? 道場でもよく魔物や動物を捕まえて丸焼きにして皆で食べていたんだ」
一般的な認識として、魔物は食用に使おうというのはない。王都ではより忌避する傾向にある。それは置いておくとしても。
「それに、ウィリアムお父さんと一緒に食べるの久しぶりだってこわがってたから。美味しい魔物の肉を食べれば皆楽しめるとおもったんだ!」
「エリスちゃん・・・・・・・・・」
エリスなりにウィリアムを気遣っての行動だったのだと、レイチェルはおもった。が、なにぶんタイミングが悪すぎた。
トリスティニア国王をはじめ、王宮の重要人物達はエリスの乱行(?)に非難がましく注目しているしざわついている。ウィリアムも依然として精神的に限界のまま。
むしろ悪化して現実逃避に入っている。
時と場合と状況を深く考えてほしかった。
「そもそも、陛下はウィリアムのことが嫌いなの?」
「エリスちゃん?」
「だってそうじゃなかったらウィリアムはこわがらないじゃない」
「エリスちゃんっ」
「僕にはお父さんもお母さんもいない。でも、レイチェルと一緒にお風呂に入ったりウィリアムと一緒に食べると楽しい。一人で食べるよりもっと美味しくなるんだ。最近だってウィリアムは美味しそうに食べていた。なのに楽しそうじゃなかった」
「エリスちゃん・・・・・・・・・」
「じゃあなんで陛下はウィリアムを呼んだの? ウィリアムを苦しめるために呼んだの?」
「あのね? エリスちゃん。そうじゃないの。二人は王族で。今日は王族のお仕事として―――」
「国王で王子だったら、どうして普通みたいに食事しちゃいけないの? ウィリアムが心配なら尚更だめだって僕はおもうな」
「・・・・・・・・・心配?」
「王族は皆の規範で、見本でないといけないってレイチェル言ってたでしょ? だったら他の人が自分の子供にすることだって普通にしてないとだめじゃないのかな。頑張っていたら褒めて。辛いおもいをしていたら話を聞いて。僕はお父さんもお母さんもいないけど。王族じゃないけど。でも――」
「そこまでにしておきなさい」
鋭く、エリスがマーリンにとめられた。もう会食どころじゃないが、だからといって収拾をつけなければ。
「陛下。今宵はここまでといたしませぬか?」
騎士団長が、伺いをたてた。他の皆も同意している。
「・・・・・・・・・」
「陛下?」
「・・・・・・・・・」
今まで沈黙を守ってきたトリスティニア国王だが、頻りに呼びかけられているのに、無言を貫いている。いつもよりもずっとくしゃくしゃの皺が顔中にできるほど顰めている。
よほど疲れたのか。それともエリスに頭を悩ませた結果なのだろうか。
ぐらりと。ようやく身動ぎした。
「え?」
とおもったらそのまま横に傾いていって。
「陛下?」
椅子ごと床に倒れて、ぐったりとしたままぴくりともしない。
「陛下!?」
「どうされたのですか!?」
「・・・・・・・・・父上?」
途端に、さっきまでの、否。これまでのどんなときも比ではないほどの騒ぎになる。王国の運命を左右するほどの異常事態だ。
トリスティニア国王が倒れて意識を失った。
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