第23話

 エリスがローガンと話を終えた頃、もう日がどっぷりと沈んでいた。ローガンが馬車に乗って帰っていくのを見送ると、なんだか妙に疲れてしまっていた。


 戻ると、ウィリアムとレイチェルが待ち構えていた。


「あれ? どうしたの?」


 ウィリアムが、口を開けて、そのまま気まずそうなかんじで小さくパクパクと上下させた。レイチェルが呆れながら、


「侍女の子からね? エリスちゃんのお師匠様が怒って帰っちゃったって。それでどうしたのかなって私もウィリアム君も気になってたのよ」

「別に俺は・・・・・・」


 もう、と口の中をまごつかせているウィリアムの、ひねくれ具合をじとっとした目つきで責めた。本当は自分以上にそわそわしていたくせに。


「お前、あの人となにがあったんだ?」

「さぁ」

「さぁって、わけないでしょう?」

「お前は無自覚にやらかしてる可能性しかないんだよ」

「別になにもしていないよ」

「本当だろうな?」

「うん、そう。ただ僕は嫌だって断っただけだよ」


 ローガンのエリスに対する申し出すべてを、である。


 いやだ、とおもったのだ。


 ウィリアムと離れるのが、嫌だった。


「だめです」


 エリスも無意識だった。胸がずくんと疼き、どうしてもここを離れることを肯んじることができなかった。


「そうか。ならば早速――――――なに?」

「だめです。嫌です」


 ローガンは口をあんぐりと開けて、ぽかんとしていた。


「そうしたらお前はもう生涯破門だぁ! って。あとで後悔しても遅いぞ! とか」

「・・・・・・・・・」


 プリプリと怒りながら、ローガンとのやりとりを再現しだした。ローガンが怒ったことに対して腹をたてているエリスの口ぶりにもだが、ウィリアムとレイチェルは唖然とした。 


 まさかエリスがそんな重大なことを断ってしまっていたとは、露ほども想像していなかった。


「え、エリスちゃん? どうして断ったの?」

「ん? んん~~・・・・・・・・・それは・・・・・・」 


 話すつもり満々だったのだが、ウィリアムと視線が合っただけで空気が抜けたように萎んでいってエリスはなにも言えなくなった。


隠したいわけではないのに、赤裸々にウィリアム達に教えるのは何故だか恥ずかしい。少し顔を伏せてもじもじとしながら指の腹をくっつけて照れを誤魔化すしかできない。


 まるで年頃の女の子にしか見えず普段のエリスとギャップがありすぎる。


「そ、そうか。まぁお前の師匠だもんな。きっとお前よりヤバい人なんだろうからこっちとしては安心だ。なぁレイチェル?」

「え? え~~っとそうかも、ね?」

「というかお前の師匠器小せぇなぁ。そんなんで怒るなんざ。それにお前の手柄も横取りしようとしたんじゃねぇのか? ははははは。あははははは」


 エリスの選択に浮かれて、変なテンションになっているウィリアムはそんな軽口を叩いた。けど、レイチェルも内心は同じなのだ。


「横取り?」

「王族の護衛と指導というエリスちゃんのお役目を自分のものにしようとしたってことよ」

「師匠はそんな人じゃないやいっ」


 エリスはむっとしながら反論した。ローガンを悪く言われたことと、無意識に自分の気持ちも知らないで、というもやもやからだった。


「どうだかな。案外我欲塗れなんじゃねぇの?」

「な、なにをこの!? ウィリアムのくせに生意気だぞ! 蟻の糞程度の握力のくせに!」


 エリスには珍しくムッとしてウィリアムと口論をはじめた。二人のやりとりがレイチェルには睦まじく映ってしょうがない。


「でも、エリスちゃんのお師匠様よくエリスちゃんの居場所わかったわよね」

「うん、噂が流れてきたんだって」

「噂?」

「僕とウィリアムが王都に行ったときのこととか。それから王子の護衛を務めているのは『ローガン流格闘術』を使う子だって聞いたんだって」


「そう・・・・・・・・・」


 あのとき、エリス達は関係者以外には正体を伏せて調査したはず。見回りの兵士のみならず王宮・王都の関係者には箝口令が敷かれているし、『ローガン流格闘術』を使うエリスが王子の護衛になっているという正確な噂ができあがるものだろうか?


それに、二人が王都に行ってからまだ日が経っていないのに。


(もしかして・・・・・・)


 レイチェルは嫌な予感を隠せなかった。


「二人とも。王都に行ったときなにもなかったの?」

「なにもってなんだよ?」

「勿論噂になるようなことよ? エリスちゃんの強さとか格闘術が話題になること」

 エリスの噂がダイレクトになるのだとしたら、そうとしか考えられない。

「「・・・・・・・・・・・・」」

「具体的には、王子を守らなきゃいけなかったエリスちゃんが皆の目の前で強さを発揮する状況、とか」

「「・・・・・・・・・」」

「もしかしたらウィリアム君が危ないかもしれなかったけど、それをわざと報告していなかったとか」

「「・・・・・・・・・・・・」」


 二人は質問を重ねるごとに汗の量が増えて蒼白になっていき、逆にありありと物語っていた。


「そろそろ夕食だな・・・・・・・・・」

「お腹減ったね~~」

「お待ちなさい」


 申し合わせたわけじゃないのに、同時に背中をむけた二人を、レイチェルは逃がさなかった。


「どういうことか説明してもらえるかしら?」


 ニコニコと破顔しているけど、声音と一致していないものだから、逆におそろしさが際だっている。


「い、いやあのな? レイチェル」

「あ、あの、怒ってる?」

「うん? 私はなにも怒っていないわよ? ただ聞いているだけ」


 ウィリアムはおろか、エリスでさえ圧されるほどだ。


 コンコン。と控えめなノックがした。


「どうぞ入ってくれ!? 早く!」


 レイチェルから逃れられると、反射的に入室を促した。


「あの、失礼いたします。殿下のご夕食についてなのですが」


 グッドタイミングだ。これでレイチェルの追求もごっちん! も回避できる。エリスだって、ほっと安心している。


「ああありがとう早く持ってきてくれ!」

「なんだったら僕が持っていきますよ!? どこにあります!?」


 レイチェルがなにか使用人に伝える前に、早口で二人は捲したてた。


「いえ。今夜はこちらではなく、別の場所で食べるようにと」

「「「え?」」」

「陛下が、ウィリアム殿下を呼ぶようにと。今夜夕食をとりながら会議をするそうなので」

「「「・・・・・・・・・え?」」」


 だが、レイチェルの追求より。ごっちん! より。


 ウィリアムにとっては難しい事態となった。

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