第22話

 エリスは柄にもなく対面している人物に緊張していた。


 通された客間のソファーにすっぽいと収ってから、お茶を飲むこともお菓子を食べることもしていない。どうしてこの人が来たのかと考えながら喋るのをもじもじと待っている。


「久しいな。エリスよ」


 途端に懐かしくなって、緊張がとけた。笑みがこぼれた。固い顰め面も並々ならない佇まいも、最後に別れた一ヶ月前となんら変ってはいないのだから。


「はい! お久しぶりです!」


 エリスの師匠、ローガンだ。


 エリスを破門してから、今の今まで交流が途絶えていた、エリスの育ての親でもある。


「まさかお主がトリスティニア王国の王子の護衛となっているとは。信じられなかったが」

「はい! ウィリアムは弱っちいので彼のお父さんに頼まれました!」

「・・・・・・・・・そうか。どのような経緯で護衛となった? 国王陛下直々に命じられるなど、ないであろうよ」


「え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っと。旅してたらそうなりました!」


 エリスはウィリアムとの出会いから始まった護衛としての生活を忘れたわけではない。だが、エリスにとってありのままに詳細に全部を事細かに説明するのも、掻い摘まんで語るのも難しく、最終的に面倒臭くなった。


「相変わらずのようだな。まったく、運がいいのか悪いのか。そもそも――」

「そうだ師匠! 皆はどうですか!? 師匠の道場の皆です! 皆もくればよかったのに! あ、そもそもどうしてここに!? もしかして、僕のこと心配して来てくれたんですか?!」


「話は一つにせよ」


 ローガンは流石エリスを育てたからか、あしらい方が慣れている。呆れが多分に入っているけど、エリスは素直に「はい!」とにこにこと聞いている。


「噂が伝わってきた。わしの道場や村の近くまでな。お主が王宮で護衛となったと。まさかとおもっておったがある人物より真と聞いてな。たしかめに参った」

「へぇ。そうだったんですか! このとおり元気です!」

「それは心配しておらん」


 腕を曲げて力瘤でアピールするも、スルーされた。それでもエリスは嬉しそうだ。


「そうだ師匠! 久しぶりに立ち合ってもらえませんか!? 僕大切なことに気づいたかもしれないんです!」


 積もる話を捲したてるように一気にし終えてから提案した。鼻息荒く肩をグルグルと回して、わかりやすいくらいにうずうずしている。


「いや。今日はよい」

「ええ!? 少しくらいいいじゃないですか!?」

「そんなことよりもエリスよ。お主どのようにして暮らしておる?」

「え? それは――」


 なんだかおかしい。いつもの師匠じゃないと、エリスはかんじていた。


「師匠、なにかありましたか?」


 そもそも、エリスはローガンより破門をされた立場だ。破門とは縁を切るにも等しいことなのに、わざわざ会いに来るものだろうか?


 過去、何人も破門をされた門人はいたが、彼らに会いにいったことなんてついぞなかった。なのに、どうして自分にだけ?


(僕の知ってる師匠は、誰に対しても厳しいのに)


「・・・・・・・・・お主を破門したのは苦情や近隣への配慮だけではない」


 カップのお茶を一口啜ってから。


「お主には欠けている部分がある。それはわしの元にいても埋まることではない。口で教えられることでもなし。じゃから、あえて破門とし、己のみで学べるようにしたのじゃ」

「師匠・・・・・・・・・」

「将来『ローガン流格闘術』を継承させるのはお主しかおらぬとおもうておった。お主以上の門人はおらぬでな。伝え聞く噂では武器を持った者達を一人で打ち伏せたと」

「え、えへへへへ・・・・・・・・・」


 師匠にここまで褒められたことは、ついぞなかったことだ。だからエリスは全身がむずがゆく、足下が急に頼りなくなったふわふわとした気持ちいい心地だった。


 ローガンの厳しい優しさに、浮かれているのだ。疑念が消失するくらいに。


「まさか師匠がそんな風に・・・・・・師匠は万年剥げ頭じゃなかったんですね・・・・・・・・・。無駄に髭を伸ばしてる糞爺でもなかったんですね・・・・・・・・・」

「う、うむ・・・・・・」

「えへへへへ!」


 エリスはぽわぽわとした気持ちで照れ笑いをしているので気づいていないだろう。ローガンが小刻みに震えているのは、怒りを耐えているのだと。


「のう、エリスよ。儂はお主道場を継ぎたくはないか?」

「え? 道場って師匠の? 僕がですか?」

「うむ。この目でしかとエリスを見て、一回りも二回りも成長しておると肌でかんじた。しかも王族の護衛を務めている。立派なものじゃ。その功績に免じてお主の破門をとく」

「はぁ」

「一度道場に戻り、門人に加え直す。その後、正式に目録を与え皆伝とし儂の跡を継ぐ形になる」


 降って湧いた栄転話。エリスにとっては夢のようなことだ。破門をとくだけじゃない。憧れの一人であったローガンに認められて、その後継者にと誘われたのだから。

 武術を修める身ならば、当然事の重大さに歓喜して然るべき栄誉。


「儂の弟子の中でお主ほど大成し、『ローガン流格闘術』を究め広めんと尽力していると認めよう」

「いえ! 僕はここにいます!」


 だが、エリスは即座に断った。それも満面の笑みで。


「・・・・・・・・・なに?」


 うんうん、と頷きかけたローガンは、エリスの言葉に驚き目を丸くしている。


「僕は今ウィリアムの護衛ですから! それをいきなりやめられません!」


 それに、今は魔物と間者の問題でウィリアム達は大変なのだし、なによりエリスはウィリアムの側にいたかった。


「師匠の道場を継ぐよりも、僕はここにいたいんです!」

「だが、護衛をしながら道場で指導すればよいじゃろう」

「いえ! ウィリアムのことに集中したいのです!」

「なんだったら王都に道場を移してもよいぞ?」

「いえ! いいです!」


 予想を流石に裏切りすぎていて、ローガンが頑ななエリスを説得している形だ。


「僕には認可状を授けられるより道場を任されるより皆伝を与えられるよりもっと頑張らなきゃいけないことがあるんです!」


 ウィリアムが教えてくれた。腕力や技術だけではない心の強さを。

きっと、もっともっと知らなきゃいけないことはたくさんある。それを学んでいないのに、皆伝を与えられるわけにはいかない。


ローガンにとっては頭のおかしい言い分でもエリスの中では筋の通っている理屈だ。


「それに僕は師匠を倒していませんから! 師匠を越えていないのに師匠の『ローガン流格闘術』の後継者にはなれません!」


「お主は何故にそこまで血気盛んなのだ。実力主義にもほどがあるぞ!」

「なのでどうしても僕に継がせたいのなら僕に倒させてください! 実力で我が物にしないと皆納得しないでしょう!」

「儂が説得する」

「そんななまっちょろさでどうするんですか! 言葉で説き伏せるより腕ずくで屈服させるべきでしょう!」

「なんで貴様が偉そうに言っとるんじゃ! ええかげんにせぇ!」

「師匠の指導の賜物です!」

「なに儂のせいにしとるんじゃ! お主は『ローガン流格闘術』を継ぎたくないのか!? あまり聞き分けが悪いと今後一切の『ローガン流格闘術』の使用を禁ずるぞ!」

「ええ!? なんでですか!? 僕は破門されたているんですよね?! 破門されたってことは師匠は僕の師匠じゃなくなって僕は師匠の弟子じゃなくなったから禁じられたことを守る必要ないんじゃないでしょうか?!」

「ええい黙れ! そもそも破門された身で他人に武術を教えているなど誰が許した! 傲慢にもほどがある! 最終奥義さえ習得できておらぬじゃろうに!」

「ぬ、ぬぐ・・・・・・!」

「そうじゃ。それがあったか」


 痛いところをつかれたとばかりのエリスに、ローガンは追求した。


「お主に最終奥義を授ける。それでどうじゃ?」

「そ、それは・・・・・・」


 エリスにとっては、とんでもない魅力的な話だ。今までローガンにどれだけ願っても最終奥義を教われなかった。


 それだけローガンは自分に継がせたいのだと真剣になったけど、逆にどこか不思議だった。どうして自分なんだ? と。いつものローガンと違いすぎる。どこか焦っている様子だし。


「でも、そうしたら僕は護衛の務めを果たせませんしウィリアムを鍛えることもできません!」


 エリスは指摘するより、まず道場を継げない理由を話した。


「それならば安心せよ。儂が代わりに務める」

「え?」

「儂は長い間格闘術を教える立場であった。お主より道に長けておる」

(あ、それなら)


 そのほうがいいかもしれない。エリスは誰かを守るのも教えるのも初めてだし、自分がやっていることに皆困ったり怒ったりしている。


 けど、師匠ならそんなこともないんじゃないか?


 エリスは自分のことに専念できる。ウィリアムも安心できる。ローガンも満足する。良いこと尽くめだ。


 あっさりと首肯しようした。


 が、不意にこれまでの日々が浮かんだ。


 ウィリアム達との出会い。胸が弾んだ生活。刺激的な体験。縹渺とした未知が判明したときの心が躍り具合。


ウィリアムが秘密の通路を教えてくれた夜のこと。


通路での語らい。


「――――――――」

「それでよいな? まったく少しは成長したかとおもえば。お主はあいもかわらず。そもそも儂の言うことをきかなすぎる。破門をしたのも、そもそもお主の我をとおそうとするのが問題であったのじゃ」

「っ」 


ローガンの言葉が遠くから囁かれているくらいのぼんやり具合で、エリスは悩んでしまった。


 それでいいんだろうか? と。


「よいな? エリス」

「っ。僕は―――――――――――」

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