第17話

 王都の広場は物騒な賑わいで盛り上がりかけている。


 エリスと男達が決闘するという話が即座に広まっていき見物人が集まり、まだかさっさとはじめろいつまで待たせるんだと野次まで叫ばれ、どちらが勝つか賭け事まではじまっている始末だ。


(なんでこんなことに……)


 エリスはいつになく真剣なかんじで念入りにストレッチをしている。仲間がいたらしい男達は、計五人ほどになっていて集め終わった賭け金に喜んでいる。


「よし、見ていてくれウィリアム。あいつら絶対ボコボコにしてやる!」


 エリスは、今まで怒ったことなんてなかった。勝ちたい相手に勝てなくて悔しいとおもったことや自分の至らなさに猛省したことはあった。けど、誰かのために怒ったことなんて初めてだった。


 というか護衛なのに俺の側から離れていいんかい、というツッコミは、ウィリアムにはできなかった。


 エリスは、ウィリアムを好んでいた。強くなろうとしているウィリアムを、変わろうと頑張っているウィリアムを。


 エリスがウィリアムに抱いているのは男女の恋愛感情ではなく、もっと幼い友情や親愛、一緒にいるのが好きという単純すぎるもの。

 

だからこそ、エリスにとってウィリアムを否定されたのは自分を否定されるより嫌なことだった。今まで自分のためにしか闘ってこなかったエリスが、初めて自分から誰かのために闘おうとしていた。


「おい、わかってるな? お互い、素手だ。気絶するか参ったと言うまで」

「いいよ」


 そして、いよいよ決闘がはじまった。


 即席ではあっても見物人の盛り上がりは最高潮になっており、エリスを囃したてている。男達と比べて小さく若い彼女を面白半分で気遣っているのだ。

 

 空気が変わったのは、エリスがかまえをしてからだ。得意とする『ローガン流格闘術』の攻めの型。傭兵だからか、エリスが只者ではないと佇まいと雰囲気で敏感に察したらしい男達が、警戒の色を見せた。


(あれ?)


 ウィリアムは、どこかエリスの型がいつもと違うとかんじた。


 エリスから動いた。一番前にいた男の足へとむかい、地面に体を擦りつけるようにして横たえたまま滑りこんでいく。そのまま鎌のごとく側面側に蹴りを放った。重く素早い蹴りに、片足の支えを狩られたように倒れていく。


 そのまま右手を地面に置きながら男の襟を引っ張る。肘を勢いよく跳ねさせ、男の体重を利用しながら起きあがりつつ倒れこんでくる男を加速させる。


「ぷぎゃ!」


 痛みに呻く男に跨って、そのまま両足を脇に挟む。エリスが仰け反ると相手の背中と腰が反る形となり。


「ぎゃああああああああ!!」


 くの字が逆になったような、エビが縮こまっている姿に似ているが見ているだけでウィリアムも痛くなる。骨が軋んでいる音が聞こえてしまいそうだ。


エリスの予想外の優位に見物人たちは大きくどよめいた。


「こ、この野郎!」


 仲間を助けようと男達が前方と右から迫ってくる。エリスは脇から両足を離し、前方へと倒立回転をする。支えにしてた両手が、いつの間にか男の足を掴んでいたようで引っ張られる。着地と同時にそのまま男がふわりと浮き上がった。


「ふんっっっ!」


 立ち上がっているエリスが、男の体を後方から持ち上げている状態に。そこから瞬時に次の技へ。折り曲げている肘を伸ばしながら腕を前に。筋力も相まって凄まじいスピードで、男の後頭部と背中をおもいきり地面に叩きつけた。


 ウィリアムも観客も、そして残っている二人もなにがおこったのかわからないという反応をしている。一つたしかなのは地面に倒れている男は完全に気絶しているということだけだ。


 わっと熱狂が沸きおこる。不利であったはずのエリスが優勢となったために皆興奮し応援をしている。


「くそ、お前なにやった! 魔法か!?」

「魔法なんて使えないよ。格闘術だ」

「嘘つけ! 気づいたら倒れてる格闘術なんざ見たことも聞いたこともねぇぞ! 魔法しかありえねぇだろ!」

「それはおじさん達が弱いからじゃないの?」

「この!」

「かまわねぇやっちまえ!」


 男達は剣と斧、槍といった武器を手にした。事前に申し合わせていたやり方と違うが、勝つためになりふりかまっていられないのだろう。見物人達は更に白熱した。


 エリスは軽やかに避け続ける。ウィリアムは男達に同情しつつ闘いを見守っていた。


そして顔面目掛けてドロップキックを繰り出そうとしたとき、異変がおこった。


「う!?」


 なにかがエリスの頭に当たって、低く呻いた。エリスの攻撃は狙いが逸れてしまい、大きく外れた。それからもエリスが攻撃をしようとするとき、防御しようとするとき、体が弾かれたような、小さく痙攣したような反応を示し、妙な動きになっている。


 男達はにやにやとしながら、ある方向に目配せを何度かしていることにウィリアムは気づいた。他の誰も気づいていないが、男の動作と直後の様子から、見慣れたものを使っていると察知した。


(魔法か!)


 レイチェルと、彼女の師マーリンが得意としている特殊な力。傭兵を生業としている魔法使いがいるのも知っている。あいつらの仲間にいても不思議じゃない。


「エリス!! 見物人の中に仲間がいるぞ!! 魔法でお前をこっそり攻撃してる!!」


 見物人らに遮られて、エリスにウィリアムの声は届いていない。卑怯なやり方の相手に腹をたてながら、ウィリアムは人波を掻き分けて進んだ。


魔法使いの近くへとやってきて、ウィリアムは急にこわくなった。いてもたってもいられなくなったが、卑怯者に怒る気持ちはあったが、実際にとめられるほどウィリアムの精神は育っていない。


それでも、魔法使いがエリスのほうへ掌をむけて魔法を発動する動作に入ったとき、かつて間者が自分を襲ったときの記憶が蘇った。


魔法使いが間者の姿と重なって。


エリスと母親の姿が重なった。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 ウィリアムは男におもいきり体当たりをするだけで精いっぱいだった。


「ぬお!?」


 魔法使いごと地面に倒れた。


「このガキ!」


 怒気を示す魔法使いの後頭部に、頭上からやってきたエリスの両膝が後頭部にめりこんだ。肩に降り立ったエリスはそのまま足で魔法使いの首を締めあげる。魔法使いは泡を吹いて白目を剥き気絶した。


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