第18話

「まったく。なんてやつらだ!」


 どうやらウィリアムが魔法使いの注意を逸らしている僅かな間に全員倒してしまったらしい。広場の中央では無様な男達のなれの果てが死屍累々と。


「お、おいエリス! お前大丈夫か!?」


 そこかしこから血を流し、痣ができている。今まで掠り傷一つ負ったことのないエリスがそんななのだから、ウィリアムは焦ってしまう。


きょとんとしているエリスが恨めしいほどに。


「ああ、すぐに医者を呼ばないと! でも王宮にいけば!」

「ああ。これくらいなら唾つけておけば治るよ」

「治るか! 破傷風にでもなったらどうすんだ!」

「は、しょう、ふう? なんかの技名みたいだね。ははは」

「笑いごとじゃねぇよ! お前もしなにかあったらどうすんだ!」


 人はあっけなく死ぬ。母が亡くなったとき学んだことだ。


エリスは無敵で、化け物みたいな女の子だ。それでもウィリアムと同じで生温かい血が流れている。格闘術を究めるために人並外れた鍛え方をしてきただけの、同じ人間でしかない。


もしこの傷が治らなかったら。


血がとまらなかったら。


傷が悪化したら。


 エリスが死ぬ。身近な人間が自分のせいで死ぬ。また。


 それだけは絶対に受け入れられないことだ。絶対に二度とあっちゃいけない。

 

 だからウィリアムはエリスを責める。


「馬鹿! あほ! ボケ!」

「うぃ、ウィリアム?」


 ウィリアムは自分の服が汚れるのもかまわずにエリスの血を拭っていく。エリスのほうがどうしていいかわからなくなる。


 エリスは闘いながら別の場所に魔法使いがいることを把握していた。魔法の攻撃は予想外だったが、何度か喰らってみて魔法の放たれた方向から位置を探り、紛れている仲間の気配をかんじとっていた。


 まさかウィリアムが止めてくれてたなんておもいもしなかった。


 今も自分に対して怒っていることについても不思議だった。


「第一お前護衛なのになんで俺に助けられてんだ! あほか!」

「え、えっと。ごめん?」

「俺のために誰かが傷つくなんて………それでまた死んじまったら………どうすんだ!」

「………」


 エリスは、このとき、なんとなくだけど、自分が間違ったことをしてしまったのだと悟った。よかれとおもってしたことだったけど、逆にウィリアムを怒らせて泣きそうになっているのだから。


「え、えっと・・・・・・」


 エリスは、初めて罪悪感をいだいた。罪悪感からウィリアムの頭を優しくぽんぽんと叩いた。おもってもなかったエリスの素っ頓狂な行為にウィリアムは動揺した。


「ごめんねウィリアム。でも、僕は死なないよ」

「な、なにを!?」

「僕、あの人達が許せなかったんだ。頑張ってるウィリアムを知らないのに馬鹿にされて、嫌だったんだ。ウィリアム泣きそうになってたし。ウィリアムが傷ついてたり嫌な気持ちにしたあの人達が、許せなかった」

「~~~~~~~~~~~!!」


 狡い、とウィリアムはおもった。自分のためだと言われたら、怒れなくなってしまう。涙なんて引っ込んで、胸の中が熱くなる。


「ありがとうウィリアム。君が助けてくれたんでしょ? でも、僕は死なない。」

「そ、そうだぞ! お前は護衛なのになんで俺に助けられてんだ! あほか!」

「えへへ」

「なんで照れてんだ! 褒めてねぇからな!」


 エリスは、自分を怒ってくれたウィリアムが嬉しかった。今までローガンは厳しく指導してる中で𠮟責をされたことはあった。


 レイチェルにも怒られた。けど、自分のことを心配されて怒られたのが初めてで、不謹慎だけどとてつもなく嬉しかったのだ。

 

「おい、坊主お前凄いな!」「あれどうやったんだ!?」「強いじゃない!」ウィリアムとエリスのやりとりにひと段落すると、それが合図になったのか見物人達が二人を囲んだ。誰も彼も、エリスを褒め称えている。


「おいこれどうすんだよ………」


 ちょっとした騒ぎになってしまった。人混みが苦手で、なんとか耐えていられたけどここまでくると息が詰まりそうだ。早く王宮に戻らなければとんでもないことになる。


「そうだ。じゃあ僕が君を抱っこして」

「ふざけんな!」

「そうだ、お前も凄かったな坊主!」

「え?」


 なんとウィリアムまで褒められだした。

「この魔法使い、お前が倒したんだろ? 魔法使いに立ち向かえるなんてすげぇじゃねぇか!」


「い、いや。それは――――」

「そうさ! ウィリアムは強いんだ! 僕が鍛えているからね!」


 何故か誇らしげに自慢をするエリスのお陰(せい)もあって、余計悪化した。


「二人とも若いのに大したもんじゃねぇか!」

「兄ちゃんと姉ちゃん強いね~~!」


 人見知りがすぎるウィリアムは、どうしていいかわからず恥ずかしがりながら黙りこむしかなかった。皆の気が済むまで、このまま留まるしかないのだろうか、と。


 けど、なんだか悪い気分じゃない。


「『ローガン流格闘術』か………」

「!?」

 エリスは、背筋がぞくりとする殺気に反応して背後を振り返った。フードを深く被ったローブ姿の人物がいた。


 今まで気配なんてなかった、尋常ならざる殺気の持ち主がここまで近づいているのにどうして気づけなかったのか。鳥肌がたつほど圧倒的強者しか発せられない気に呑まれそうだ。蛇に睨まれた蛙は、こういう状態なのかもしれない。


 隙だらけなのに、こちらが攻撃すれば即座に反撃される。師ローガンと同じ独特な迫力にじりじりと心身が削れそうな感覚に陥っているとき、もう一つ気づいたことがあった。


 意識をそちらに向けてしまった直後、ローブの人物がちらっと視線をウィリアムに。


身が竦んだ。修羅場を何度も潜り抜けてきたような、冷たさだけじゃない。ウィリアムに対して、明らかに敵意を、害意を持っている視線だ。


(いけない!)


本能めいたエリスの危機感知能力が働いて、この人物の側にいてはいけないと訴えかけてきた。エリスはウィリアムを肩に担いだ。


「え?」


大きく跳んだ。叫び続けるウィリアムごと建物の屋根に着地し、更に別の屋根に。大通りや路地を走っていく。


「な、なんだどうしたいきなりなにしやがる!? 心臓とまったかとおもったぞ……おおおおおお!? 頼むとまれ下してく……れえええええええ!」


「ウィリアム、王宮ってこっち?!」


「違うあっち………だああああああ! とまってくれえええええ!」


 周囲を見回しながら、ウィリアムの抗議を無視し王宮を目指す。ようやく広場から離れたところで、ウィリアムを降ろした。


「お、おいどうしたんだよ………いきなり………」


 エリスにふさわしくない深刻な表情だ。


「………臭いがした。あの人」

「あ? 臭い?」

「魔物の臭い。それとゴミの臭い。さっき君といた場所の」


 それだけで、ウィリアムはエリスの言わんとすることの半分が理解できたつもりだった。魔物をトリスティニア王国に出没していることに関わりがあるのだと。


 けど、だったらどうしてエリスはあそこから離れたのだ?


「あの人、僕より強いかもしれない」


 冷汗を垂らしながら、エリスはぽつりと漏らした。

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