第8話
「まったく、なんでこんなことに・・・・・・・・・」
「まぁまぁ。しょうがないわよ。陛下がお決めになられたことなのだから」
ぶつくさと不平をたれるウィリアムを宥めるレイチェル。二人は対照的で顰め面、もう一方は何故か満面の笑みだ。
トリスティニア国王はウィリアムの護衛としてエリスに命じるとさっさと去っていってしまった。そこから騎士団長グリフとマーリンの安否、医務室への運搬と医師の説明をレイチェルが聞き終えるまでウィリアムは自室に閉じこもっていた。
王宮の人間達にエリスの噂が広まり、好奇な視線をむけられるのがいやだったのだ。夕食を終えるとレイチェルとエリスがやってきて、改めて話をした。
両名は怪我こそしているものの命は無事。正式にエリスがウィリアムの護衛となることが決まり国王直々の通達がなされたと。
泡を吹いてウィリアムは倒れそうになった。
「俺は嫌だ! こんなやつが護衛になるなんて!」
「もう。ウィリアム君わがままはだめよ?」
「護衛だったらレイチェルがやればいいだろ! 今までずっとそうだったんだ!」
レイチェルは幼い頃から王宮の魔法使い、マーリンの弟子として暮らしてきた。少し年齢差があるウィリアムとは顔を合せる機会が多く、勉学に励む傍ら姉と弟のような間柄でときに厳しく、ときに優しく接していた。
勿論昔とは違い、王子と王族に仕える立場、主従に近い関係なのは重々承知しているし、人前では二人もそのように振る舞ってきた。過去にあった事件でウィリアムが心を閉ざしてからも胸筋を開いて接せられる数少ない信頼できるのがレイチェルだ。
レイチェルは正式には、マーリンの弟子だ。今ではウィリアムの側にいることよりもマーリンの指示に従い調査や研究を優先させなければいけない頻度も増えている。ウィリアムと常日頃側にいて守ってくれる人はいないのだ。
だから、トリスティニア国王の命令は理に叶っていることを懇々とレイチェルはウィリアムに説く。
(でも、それだけかしら?)
トリスティニア国王が本当にそれだけで護衛に選んだのか。あの子がどれだけ非常識で、規格外の強さか目の当たりにした。そしてエリスという子のおかしさも把握できたはず。
王族の護衛に選ばれるには通常、家柄や立ち振る舞い言葉遣い教養マナーが必要不可欠で強さよりもむしろそれらが重要視される。そうでなければ主に恥をかかせる。
控えめにいっても、エリスにはそれが備わってはいない。
にも関わらずウィリアムの護衛にふさわしいと判断したのか納得できない。トリスティニア国王は人格的にも政治外交と大変優れた御方なのに、どうしてエリスを指名したのか?
レイチェルもウィリアムも、そして訓練場にいた騎士達はドン引きした。瞬く間にエリスの話が悪い噂となって広まりつつある。
「それで? あいつは?」
「客間で休んでいるはずよ。すごいはしゃいでいたって」
「客間?」
「使える部屋が今そこにしかないの」
「・・・・・・・・・客間? 護衛なのに?」
「仕方ないでしょう。私が決めたわけではないのだから。きちんと手配が終わってからエリス君の部屋を用意するそうよ。もちろんウィリアム君の部屋の近くに」
「それはやだ。客間でいい。永遠に」
めんどくさっっ! レイチェルはおもった。
「私これからエリス君のところに行くけど、一緒にどうかしら?」
「なんで。もう寝る」
「お礼だってきちんと伝えていないでしょう?」
「・・・・・・・・・」
「もう夜だから人は少なくなってるわよ」
心の底から嫌がるウィリアムの手を引き、無理やり私室から連れだした。王宮で暮らす人間の居住スペースは、王族が住まうところから少し遠い。客間はその間のスペースにあるとはいえ、人にできるだけ遭遇しない道順を選ぶとなれば時間がかかる。
小さい子供の頃と同じくウィリアムを連れ回す形のレイチェルは、やれやれ世話が焼けるという気持ちと、いつまでもこのままじゃいけないという複雑な心境となっている。
「くそ、あのガキめ・・・・・・・・・」
中庭に面して開けた回廊に差し掛かったところ、グリフとマーリンに鉢合わせしそうになって、慌てた二人は柱の陰へと咄嗟に隠れた。
別に二人を怪我させたのはウィリアムとレイチェルではないけど、会い辛い。
「いやはや。陛下も物好きですな。あの者を護衛にするとは。あ痛たた・・・・・・」
「マーリン殿。大丈夫ですか? ぐ、肩が・・・・・・」
命に別状はないとはいえ闘いのダメージが残っている二人に、レイチェルは心の中で手を合せた。
「それよりも、貴殿の弟子レイチェルはなんと?」
え? 私? なんで? とレイチェルはおもった。
「さてさて。明日改めて話してみますが」
明日? 明日なにを話すの? 不安になった。
「そもそも殿下が同行して調査せずともよい問題であったのに」
隣にいたウィリアムが、ビクッと反応を示した。
「ふむ。同意見ですな。王妃様のことがあるとはいえ素性の知れぬ輩を、とは」
「で、あるからです。あのガキがまた同じことをしでかさないとも限りません」
「では、折りをみて陛下に尋ねてみますか。殿下のことも含めて」
「おお。そのときには自分も」
二人はレイチェルらには気づかず、そのまま通り過ぎていった。ずるずると体の力が抜けて、体育座りしそうになったウィリアムをなんとか支え歩きだした。
わかっている。あの二人はこの国と王族に心から忠誠を誓い、尽くしている。さっきの会話もエリスにおもうところはあっても、国に仕える家臣としてのものだと。
それがどれだけウィリアムを傷つけているかもわかってしまうのだ。
「なぁ、レイチェル。父上はどうしてあいつを護衛にしたんだろうな」
ぽつりと漏らした、聞き逃してしまいそうな問いかけにも答えられず、エリスの部屋へとやってきた。
ノックをしても、エリスの返事はない。まさかもう寝たのだろうか? 自室に戻りかけたウィリアムだったが、室内からゴォン! という物騒な音がして荒々しく踏み入った。
「あ、二人ともどうしたの?」
二人は言葉を失った。
エリスは産まれたての姿、すっぽんぽんだった。
室内とはいえ全裸で過ごし、少しも恥じらっていない。いつもこんなかんじです! という自然さだった。
はしたないのは勿論だった。けど、それだけじゃない。エリスの意外な事実がいきなり明らかとなった。
狭く小さい肩、至る所が丸みを帯びている体つき。男らしいたくましさやごつさ、年齢相応の筋肉なんて一切ない。
なにより胸部の膨らみと股間部にあるべきものがなかった。まさか、と見覚えがあるエリスの裸にとんでもない誤解をしていたと気づいたのだ。
「お前、女の子だったのか?」
レイチェルより先に、ウィリアムが聞いていた。
「うん、そうだよ?」
あっけらかんとしながら、エリスが答えた。
「見ちゃダメ!」
「ぎゃああ!?」
レイチェルができたことはウィリアムの目を隠すことだった。眼球をじかに触ることになったので、ウィリアムが悲鳴をあげた。
「エリスくん、いえエリスちゃん服を着て! 早く!」
? となりながらエリスが用意されていた寝間着姿となった。
「え~~~っと。どこから話をすればいいのかしら」
ベッドの弾みを楽しんでいるエリス。エリスをチラチラと赤くなりながらチラ見しているウィリアム。そして二人の間にいるレイチェルは頭をかかえた。
「あなた、女の子だったの?」
「うん。そうだってば」
これは・・・・・・・・・とんでもない誤解をしていた。レイチェルは魔法使いで女性だが、それでも王宮で暮らしマーリンの教えを受け研究をしているのは特別な才能があるからだ。
それでも護衛や戦う役目というのは主に男性が通例で当たり前。女の子が一国の王子の正式な護衛とあったら新たな波紋を呼ぶ。
自分の手に余る問題だ。ひとまずトリスティニア国王には報告しなければいけない。それによってエリスの処遇は変るだろうけど。それは別として。
「うわ! 寄るな!」
「ええ~~? でも護衛って常に側にいなきゃいけないんだよね? だったらこれくらい側にいないと」
「やめろ体がくっついてる当たってる! 当たってるから! お前よく平然としていられるな! 少しは恥じらえよ! 俺が馬鹿みたいじゃねぇか!」
「ええ~~? でも道場だと皆寝るときこんなかんじだったし、夏にはよく皆パンツ一丁で汗拭いてたし」
エリスは距離感? なにそれという気軽さだし、護衛についてやる気満々らしい。乱暴に押しのけようとしたウィリアムを一瞬で組伏せた。
「痛たたたたた! 主に対して手をあげるなんて反乱だ反乱! 打ち首だ!」
「そっか。じゃあやられる前にやらないとね」
「なんで逆に力が強まってるんだあああああ!」
レイチェルは杖を用いて風魔法を使った。エリスを浮かせてウィリアムから引き離した。
「なに今の!? まさか今のも魔法!? すごい!」
怒らなきゃいけない。注意しないといけない。けど、できない。ウィリアムと同年齢だからだろうか。小さいウィリアムと重なったのだろうか。同じ性別であることもあるだろう。とにかく、レイチェルはエリスに急速な親しみを覚えた。
「お前肩が折れたらどうするつもりだ!」
「失礼な。外すだけだよ」
二人のやりとりを眺めていると、なんだか笑ってしまう。我慢できずお腹が痛くなって呼吸困難になるくらい。
性別を抜きにしても、ウィリアムがこんな風に接せられる子なんて他にいない。だからレイチェル個人はエリスになんとしても護衛をやってほしいとおもった。
「おいレイチェル! なに笑ってるんだ! こいつクビだクビ! 父上に―――」
「自分でやりなさい。私だって忙しいのよ? でも陛下が命じたことに異議を唱えたら王子といえどどうなるかしらね?」
「ぬ、ぐぅぅ・・・・・・!」
「他にウィリアム君を守ってくれる人を新しく選ばれてしまうわよ? 見ず知らずの赤の他人を」
「ううううう・・・・・・・・・・・・!」
意地悪だったか。けど、レイチェルだって辛いのだ。心を鬼にして、厳しくしなければウィリアムのためにならない。甘やかして優しくするだけではいけない。
「守る? 僕が? ウィリアムを?」
「お前は護衛ってことの意味知らないで引き受けたのか・・・・・・・・・?」
「そうよ? エリスちゃん。守るって強い人じゃないとできないもの。ある意味この国の一番偉い人に強いって認められたってことよ」
「守る・・・・・・・・・」
強さを認められた。だから護衛を命じられた。単純なようだけど、嬉しい。
なによりもエリスは強さを求めてきた。鍛えてきた。魔物と闘った。けど、誰かを守ったことは一度もなかった。
師匠は、どうだったのだろうか。誰かを守るという経験をしたのだろうか。だからエリスは勝てないのだろうか。
ウィリアムの護衛をすれば、もっと強くなれるかもしれない。護衛という役目に対して俄然やる気がでてきた。
「ウィリアム君は、たしかに弱いわ。そこいらの野良犬より」
「いや。虫以下だね」
「お前ら酷すぎるだろ!」
「でも、変ろうとしているの。普段は自室に引きこもっているけど。陛下に、自分の父上に認められたがっている。このままじゃいけないっておもったのよ。だから最終的には私の調査に同行することにした」
「おい、レイチェル!」
「じゃあウィリアムは強くなろうとしているってこと?」
「そうね。そのとおりよ」
「そっか」
「なに勝手にいってるんだお前ら! 俺は別にどうでもいい! 暇だったから偶々気分転換したかっただけだよ!」
ギャアギャア喚いているウィリアムが、微笑ましくかんじられた。
エリスは弱くて情けないウィリアムは好きじゃないけど、強くなろうとしている人は嫌いじゃない。
自分と同じだ。
「最初から強かった人なんていないしね。僕も最初は小石を素手で砕く練習からはじめて巨岩を粉々にできるくらいにはなれたけど」
「本当かどうかわからないことを・・・・・・・・・いやお前だったらできるか・・・・・・」
「じゃあよろしく、ウィリアム!」
「・・・・・・・・・」
にかっと笑ったエリスに握手をしようとしたウィリアムは、火がついたように赤くなった。さっきのエリスの裸を目撃したのが記憶に新しすぎて、突然おもいだしたのだ。
男の子としての成長を実感して苦笑いをこぼすレイチェル。
これから大変だ。そう覚悟をしなおした。
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