第7話
トリステニア王国には、通常の軍と別に騎士団がある。主に宮殿の警備と王族、要人の護衛が主任務であるが、場合によっては王都、そして王都外に赴き魔物の討伐もする。王宮に常駐しているので、寝起きする宿舎と、そして訓練場がある。
日によって人数が増減するが、それでもいかなる戦いと任務を想定した訓練をする騎士達は真剣であり、華やかな王宮にはない独特の気配を漂わせている。
訓練場へと案内されたエリスは、懐かしい気分になった。騎士達がしているのは剣、槍、弓、もしくは魔法を用いたもので珍しいことは珍しい。
男達が一同に介し、熱心に鍛えている。熱汗臭さが漂い、どこか荒っぽい。充満している熱が訓練していることは全然別なのに、道場の鍛錬と似通っている。騎士達の真剣な面持ちが門人らと重なる。
漲る。気が、充実していく。
そして、対峙する。杖を、身の丈を越す分厚い大剣を携えている男達と。
少し離れたところでは国王。そしてウィリアムとレイチェルがどうしてこんなことに・・・・・・とがっくりしている。
「エリス君大丈夫かしら?」
王宮の魔法使い達を統括し、魔法の研究と開発に余念がないマーリンはありとあらゆる魔法を使いこなせる。いわば魔法のエキスパート。
グリフは家柄に頼らず、騎士団のトップにまで上り詰めた。騎士団きっての剣の使い手で指揮・判断能力は悠に及ばず。修羅場も幾度となく体験している。
魔法はレイチェルの専門分野だ。限られた才能の持ち主しか習得できない、人智を越えた力である魔法を扱える。エリスに助けられたときは危なかったとはいえ、本来ならチンピラやゴロツキ相手にひけは取らない。
そんな自分とマーリンでは、天と地ほども差がある。いくらエリスといえども。しかもグリフも一緒とあれば。
「あいつの自業自得だ」
「ウィリアム君、心配?」
「誰が・・・・・・」
騎士達は事前に言い含められているとはいえ、何事かと関心を寄せている。訓練が休憩になったのもあるだろう。どこか遠慮を孕んだ距離を保ちつつ、見物と呈している。
「よいかの?」
「いつでもどうぞ! お願いします!」
マーリンとグリフに、エリスは立礼をし、構えた。
「では、マーリン殿。まずは私が・・・・・・」
大剣をやや横にし、ウィリアムが一歩前へと進んだ。
「あれ? 二人一緒に闘うんじゃないの?」
あっけらかんとしたエリスに、悪意はない。多人数との闘いに備え、一~十人以上の門人と一人でこなしてきたエリスは、当然今回もそうだとおもってしまったのだ。
グリフは、歯軋りを一つすると猛然と駈けた。大男が間近から大剣を振り下ろす迫力は勿論、剣を振るスピード、隙のない動きは常人では反応できないだろう。
髪先が触れるギリギリで、エリスは躱した。容赦ない連撃は、ただ重い物を振り回している様相ではない。的確に相手の動きを捉えつつ、尋常ならざる筋力と握力でなされている。
通常の剣を扱うのと差異がないほどの空気さえ斬り裂く鋭い重々しい攻撃だ。
肉薄していながらも、しかし蝶のようにひらひらと躱すエリス。
「なにやってんだよあいつ・・・・・・・・・」
ウィリアムではグリフの太刀筋も動きも捉えきれないが、俯瞰していればエリスが不利だ追い詰められているのだと認識してもおかしくない。
少しでも反応が遅れればひとたまりもないおそろしさを、ひやりとするギリギリで避けている。反撃もできていない。剣の間合いから距離をとればいいのに、とじれったくなった。
それさえ許されないほどグリフが凄いのだと認識した。
「ちょこまかと・・・・・・! 貴様が望んだことであろう! 逃げずに闘え!」
くるりと宙で回転し、着地。そのまま立ち上がったのだが。
「・・・・・・・・・はあぁぁぁぁ~~~~~~~」
なんというか、がっかりというか、残念がっているというか、とてつもなく消沈している。いくらグリフでも、そしてマーリンも気色ばんだ。
「なんだ! どうしたというのだ!」
「おじさん、その大剣斬れないでしょ?」
「は?」
エリスが指さしたのは、グリフの大剣だ。それがなんだ、と冷や水を浴びせられた心境のグリフ。
「刃引きしてあるのだから当然だろう」
「はびき?」
「刃を潰して、斬れないようにしているということだ。それがなんだ? 練習用の大剣で寸止めも怪我させない心得もあるわ。マーリン殿の顔を潰し陛下にも見苦しいものを晒すことになる。なんだったら木剣にしてもよいぞ」
「なんで木剣使おうとするんですか! ふざけないでください!」
「なんなのだお前は! 意味がわからん!」
地団駄を踏み恨めしそうなエリスには、険悪さではなく子供じみた微笑ましさがある。
「だから! 意味ないじゃないですかっ! なんで斬れない剣使っているんですかっ!」
だからこそ、全員が目を丸くした。
「殺せない剣と闘ったって鍛錬にもならないしつまらないじゃないですか! こっちは命を懸けた果たし合いのつもりなのに! 遠慮なんてしないでください!」
こいつは、なにを言っているんだ? と。
「そもそも僕がおじさんを怪我させるならまだしもおじさんが僕にかすり傷一つ浴びせることなんてありえないんですから!」
「っっっっっ!!」
いい加減、グリフの我慢は限界だった。今まで以上の、本気の一撃をエリスの胴体を横から両断する勢いで。
けど、エリスはもう見切っていた。目測で、大剣の刃が視認できるほどの反応速度を有しているのだから。
見切っていながらも間合いとグリフの動き、太刀捌き。そのすべてを正確に把握するために。
あえてギリギリで。あえて距離をとらずにいた。
「?!」
妙な軽さと、空振りした感触にグリフは踏鞴をふんだ。エリスは片足を上げて右腿に右肘を付ける体勢で数センチ浮かんでいた。
その狭間には、大剣の刃。明らかに故意でしかありえない具合に欠けて、砕けている。自分が手にしている大剣が半分ほど消失している。
エリスは大剣を腿と肘で固定して僅かながら跳んで衝撃を逃がしながら、固めた拳と腕を剣身の腹を叩き折ったのだ。
それがすべてコンマ一秒にも満たない、刹那的になされたのだから気づけた人間は皆無。
エリスは着地すると同時に身を屈めた。腕を軸にして体を回転させながら、まだ混乱しているグリフの両足首を片足で刈る。いきなり地面との繋がりが消失したグリフが横向きに倒れる。
どんな攻撃が、どれだけ喰らわせられたのか。打撃音が十回ほどすると壁に激突するまでグリフは地面を擦り転がっていった。意識がないのは誰の目からも明らかだった。
マーリンが杖を天に掲げた。太陽かと紛うほどの巨大な丸い炎が出現した。更にそこから火の矢が次々と射出されエリスへと殺到する。
エリスはただ迎え撃っただけだった。残像が残るほどの捌きで、四方八方からの百以上の火の矢をすべて。
杖の先端をマーリンはエリスに向けた。呼応するように丸い炎が地を焦し、ありとあらゆる水分を蒸発させうる猛々しさで。
エリスは炎へと走った。頭と体を炎のほうへと変え、大きく跳んだ。錐揉み回転をし地面と平行になる体勢でとなって炎につっこんでいった。
凄まじい貫通力の塊と化したエリスは炎の反対側まで至り、抜けた。背を仰け反らして空気と重力を利用し、体勢を元に戻す。
合間にこめかみ、首、肩、腰、脹脛に攻撃するのを忘れない。踵、肘、手の腹を続けざまに加えられ、マーリンはほぼ垂直に立ったまま吹き飛んだ。
「ありがとうございました!」
衣服の一部の煤を払い、厳かに深々と頭を下げた。し~~~~~ん、という静かさだった。遠くからの使用人達の談笑が響くと錯覚するほどに。
「化け物だ・・・・・・・・・」
誰かが囁いた。騎士達も、ウィリアムも、レイチェルも、そしておそらく国王も同意できただろう。マーリンもグリフも生きているか、怪我していないかどうか確認しなければいけないと冷静に考えているのに、誰もできない。
ドン引きしていたのだ。エリスの強さに。
一瞬で決着がついた。
「ねぇねぇウィリアム! どうだった!?」
「信じられねぇよ・・・・・・・・・」
「はは、ありがとう!」
「褒めてねぇよ・・・・・・・・・」
血の気を失ったと自覚できるふわふわした心地とひんやりと冷えていく頭。立ち眩み。脳天気なエリスが鼻と鼻がくっつきそうなほど近づくと症状が酷くなって頬が引き攣る。
「エリス君。あなた一体何者なの?」
おそるおそるレイチェルが尋ねた。きっと俺もあんな風になってるんだろうなってかんじで顔面蒼白だった。
「僕? エリスだよ?」
「いえ。そうじゃなくて。今までどんな暮らしをしてきたの?」
「んん~~~? 普通?」
「普通に暮らしてたら生身で魔法なんとかできないわよ!?」
「格闘術学んでたからかなぁ?」
「普通格闘技習ってたって剣折れねぇだろ?!」
「でも僕実際に折れたし。それに二人も『ローガン流格闘術』習えばできるよ?」
「「できるかっ!」」
こいつは常識がないとか強いとかそんなレベルじゃない。ただヤバい。なにがヤバいか説明できないけど、ヤバい。こわい。
レイチェルとウィリアムの心の中での考えは、奇跡的に一致していた。
「騎士団長とマーリンを医師の元へ」
ハッとする鋭く適切な指示に、二人揃って声のほうへ。
険しい顔つきの国王が歩み寄ってくるではないか。
「も、申し訳ございません父上! こ、こここの者をお許しを!」
いくらなんでも自らの家臣、重要人物二人をあんな目に遭わせられたら、国王として黙っていることはしないだろう。
エリスが罰せられる。殺される。
ウィリアムが咄嗟にできたことは跪礼の懇願だった。
「どけ愚息」
「お許しを! 俺の命の恩人として! なにとぞ! お前も頭を下げろ!」
エリスの手首を引っ張り、後頭部を押す。「ぶぺ!?」と間抜けな悲鳴をあげて顔面を地面に押しつけた。
「そなたなにを勘違いしておるか。余はなにも罰するつもりなどない」
「へ?」
「騎士団長もマーリンも、自ら余に断りを入れ、余が認めた勝負。余が口を挟むのは筋がとおらぬ」
「は、はぁ・・・・・・・・・」
尻もちをつきたくなるほどに脱力した。体の芯がへにゃっとしてしまい突っ伏しそうだ。
「では、陛下なにを?」
「うむ。エリスであったな」
口の中に入った土を唾とともに吐いているエリス。土埃に塗れていてどこか滑稽で呆れてしまう。人の気もしらないで、と。
「そなたに我が息子、トリスティニア王国第一王子ウィリアムの護衛を依頼する」
「え、」
「?」
「は?」
少しの空白時間を経て正常に動作を再びはじめた頭で、告げられた言葉を一言一句反芻し、意味を悟る。
「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!?」
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