第6話

 王都の検問所に兵士がいたが、レイチェルが挨拶をすると素通りさせてくれた。すぐに大通りがあって、舗装された清潔な石畳は滑らかで馬車の揺れがマシになった。


 様々な形態の馬車が往来する大通りの両端には、大勢の人達が喧噪にして賑やかな人混みを形成している。


 商人、職人、旅人、平民、大道芸人。あとは見回りの兵士だろうか。街を訪れたとき以上に面喰らい、そして感嘆を漏らすことしかできなかった。


 たまらず、馬車から身を乗りだしそのまま降りて走りだした。


「あ! あれなに!?」

「市場だけど」

「市場!? 市場って月一でやるやつでしょ!? あ、あれ林檎売ってる! お肉も!」  

「屋台ね」

「子供か」


 エリスを追ってきたレイチェルと、フード姿で毒づくウィリアム。二人なんておかまいなしにはしゃぎまくってしまう。


「ねぇねぇウィリアム! 君達この王都に住んでるんでしょ!?」


 説明したわけではない。けど、会話の流れやウィリアム達の馴じみっぷりに直感で当てられたのだろう。勘のよさと遠慮のなさに辟易した。


「それがなんだよ」

「じゃあこの人達と僕とどっちが強いかな!?」

「は?」

「だってこれだけ人いるんだよ!? だったら強い人もいるでしょ!? どういう人が強いかわかるんじゃないかな!? あ、あの人は体格がいいね! 力が強そうだ!」


 こいつは・・・・・・・・・。正直さと闘争本能の塊か、と脱力した。


 朗らかに高揚し、心の底からうずうずしているというエリスは、放っておいたらそこいら中で勝負を挑みかねない危うさがある。


「よし、ちょっと立ち合い挑んでくる!」

「よしじゃねぇ! やめろ!」


 あっさりと的中した。


 ここでエリスが騒動をおこしたら、とんでもないことになる。襟裏を咄嗟に掴んだ。レイチェルが優しく言い含め、屋台で買った食べ物を与えたおかげで大人しくなった。


 当初の目的地を目指す一行だが、エリスの興味は尽きずテンションもさがらない。


「あ! ねぇねぇ! あれなにやってるの!?」

「煉瓦を積み重ねているんだよ・・・・・・。ちょうど新しい建物作ってるだろ」


 人混みのせいでレイチェルは二人の後ろに、ウィリアムはエリスと並んでいる。ただでさえ疲れているウィリアムは、背後のレイチェルを恨む。


 沈黙によって会話をしない選択肢をとれば、エリスが余計しつこく、うるさくなる。それをわかっているはずなのに、と。


「でもその煉瓦壊してる人もいるよ?」

「あれは使えない煉瓦を再利用するんだよ」

「なんでハンマー使ってるの? 素手でやればいいじゃん」

「普通人は素手で煉瓦壊さないんだよ。怪我するだろ」

「拳を鍛えられるじゃないか!」

「なんでお前が怒るんだ! 普通の人は仕事で拳鍛えないんだよ!」


 そんなやりとりをしながら、高い鉄柵で囲まれた広大な敷地へと辿りついた。地形的に王都の一角、屹立している山に建てられている。


 外からでも、僅かなら大庭園が確認できる。整然とした色とりどりの花と草木の緑。元来性分ではないエリスも心を癒やされる。


 なによりも、先端が霞んでしまうほどの王宮は別格だった。巨大な塔や建物がいくつも集まって一つの建造物として成立している王宮は、雑多でありながら洗練されている。芸術的で威風堂々。華美すぎない外観は白と青を基調としている。


 王族の権威と畏怖の象徴していた。


 巨大な入り口、正門を潜って豪華な装飾とフカフカの椅子の座り心地の宮廷馬車に乗り、庭園を通り過ぎる。


「いい? エリス君。これから私達ある人に会うの。その人はこの国の・・・・・・とっても、とおおおってもすごい人なの。この国の一番偉い人」

「その人強いの?」

「なんでお前は強さが絶対的基準なんだよ。とにかく静かにして大人しくしてろ。俺達の言うことを守って真似をすればいいんだよ。そうじゃなきゃ首が斬られるぞ」

「斬られる前に相手を倒すけど?」

「絶対にやめろ。いいな?」

「あははは、とにかくお願いね。勝手かもしれないけど」


 とにかく、そういうことらしい。


 宮廷馬車を降りて王宮に入ると、絢爛とした内装に驚いた。けど、レイチェルとウィリアムは平然としている。なにより二人に対して誰も彼もが頭を下げる。主にウィリアムのほうにだが。


 そして、ウィリアムの変化のほうが気になった。異常ともいえるかもしれない。誰かに話しかけられるたび、通り過ぎるたび、頭を下げられるたびビクついている。決して相手と目を合わせようとせず怯えながら俯くようにして闊歩しているのだ。


 執務室に入る直前、控えの間に通されて待たされた。上等な作りのソファーは上下にバウンドすると小気味よく、横になれば眠れそうだ。ウィリアムに睨まれて阻まれたが。


 使用人に呼ばれて、ようやく執務室へと至った。レイチェルが正した姿勢で厳かに入室し、部屋の奥の上座に、ある人物がいた。


 頭に戴いた宝石と金の王冠にふさわしい顔つきは、鷹を連想するほど鋭い。武力では身につけられない威圧感が内から滲んでいてちょっとした緊張を与えてくる。両隣には騎士と全身をローブで包んだ男性が二人。


 トリステニア国王Ⅳ世。名前までは知らずとも、権力とは無縁だったエリスでも一目でわかった。まさしくこの人がこの王宮の、国の主なのだと。


「陛下、ただ今戻りました」


 レイチェルが礼儀と敬意を持った話し方で、しずしずと説明をする。そこで、ウィリアムの異常が最高潮に達していた。レイチェルとの会話をしている人物をチラ、チラ、と気弱げに窺っている。


「以上から、魔物の活動は今後もあるかと。それについてはマーリン様とともに究明に当たります。まずは警備隊の巡回ルートと人員の補充をすべきかと」

「ご苦労。休むがよい」

「はっ」

「それと、ウィリアムよ」


 痙攣した。声をかけられ、青ざめたウィリアムは小さく答えた。


「なにゆえそなたは参ったのか。なにをしたのか」

「は、父上。私は―――」


 私は・・・・・・・・・と。もう一度呟くようにして、そしてそこで言葉を切ってしまった。体躯が縮こまり、頭が垂れていく。


「余の息子にして、跡を継ぐ唯一の王族でありながら、いつまでその有様か。いずれそなたが国王となればこの国を守らねばならぬのだぞ」


 ん? と。ここでエリスは不思議におもった。


 王族。国王。一番偉い人。そして息子。馴染みのない言葉から、今までどうでもよかった事実に至ろうとしていた。


ウィリアムの正体について。


「そのままではいずれ―――――」

「ウィリアムって王子なの!?」


 国王を遮ったエリスの一声に、部屋が静まりかえった。


「ばかやろう・・・・・・・・・!」


 プルプルと震えながらこちらを横目で睨みつけてくるウィリアム。紅潮し、涙が表面上に浮かび、下手すれば涙となって零れてしまいそうだ。 


「え、じゃああなたはウィリアムのお父さんなんですか!? え!? でも似てないですね! その喋り方疲れません!?」

「馬鹿野郎おおおおお!」

「ちょ、エリス君!」

「無礼者! 陛下に対してなんたる―――」

「よい」


 片手を小さく挙げただけで騎士だけでなく、全員をとめた。この場での最高権力者が許したとあるれば、従うしかないのだ。


「遅くなったが、そなたが我が息子を助けてくれたこと、礼を申す。大義であった。無礼も許す」

「いえ! なんでもありません!」

「年齢はいくつか?」

「十六です!」

「十六・・・・・・・・・」

「好きな言葉は粉骨砕身! 全身全霊! 猪突猛進! 勇往邁進です!」

「・・・・・・・・・そうか。望みはあるか? 可能なかぎりは叶えよう」

「望み? 望み・・・・・・・・・う~~~ん。強くなりたいです! あと王都にあった屋台の食べ物とかたくさん食べたいです! それともっと色々なところ旅したいし、あ! そうだ!」


 一同はハラハラとしながら朗らかに語るエリスと、国王を見守っている。恐怖と緊張感が重苦しい空気となって支配しているにもかまわず、


「ウィリアムのお父さん、僕と闘ってください!」

「「「「・・・・・・・・・」」」」」 


 そして、またとんでもないことをのたまったのだ。


「だってあなたこの国で一番偉い人なんですよね!? だったら一番強いんでしょ!? だから王様でいられるんですよね!?」


 道場では、そしてエリスが生きてきた環境ではそうだった。強さこそすべてで、人生で、絶対だった。だからこそ師ローガンの破門も、勝負に負けた己の弱さ故として受け入れられた。


つまり、エリスの中では偉さ=強さである。


 だからこの国一番偉い人=国王様=絶対的強さという単純すぎる図式となっていた。


「アホかッッッ!」


 ウィリアムのツッコミが炸裂した。


「お前一国の主になに要求してんだ! 強さを基準にするのやめろってんだろ!」

「え? じゃあなんでこの人王様やってんの?」

「強さとは別のことが国王と王族には求められるんだよ! お前じゃできないことができるししなきゃいけないんだよ!」

「ええ~~? じゃあこの人弱いの~~? まぁウィリアムのお父さんだからなぁ」

「どういうことだコラアア!」

「陛下、本当に申し訳ございませぬ。どうかお慈悲を。この者には常識と知識が大きく欠けておりますもので」


 ウィリアムとエリスをレイチェルが必死な形相で頼みこんでいた。


「じゃあなんで君お父さんのことこわがってんの?」

「は、はぁ・・・・・・・・・・・・・・・?」


 固まった。図星をさされたといわんばかりに。


「だってそうじゃん。自分のお父さんのことこわがってるし。というか他の人達もこわがってたし。強いからこわがってんじゃないの?」


 王宮、そして王都の往来でもそうだった。人と極端に接触したり人とぶつかるだけで大きく動揺していた。周りを警戒し、終始キョロキョロとしていた。


 わなわなと小刻みにプルプルしているウィリアムの、生れたての野生動物を連想する姿によってより強調される。


 ウィリアムだけじゃない。全員の空気が明らかに変ってしまったのが鈍感なエリスにもかんじられた。


「そなたは強さに自信があるようだな」

「はい! 格闘術学んでいるので! ウィリアム達と出会ったのも鍛錬の旅の途中でした! いずれはもっと強くなって師匠を倒したいんです!」

「格闘術か・・・・・・。武器を持たない状況においては唯一の身を守れる術だな」


 エリスの顔が、輝いた。格闘術を褒められた、認められたと嬉しくなったのだ。


「だが、そなたの拳も格闘術も、剣と魔法には敵うまい。万を越す大軍も空を飛ぶ魔物の群れには届くまい」

「やったことはないけど、やりたいです! だってそうしないとできるようになりませんので!」 

「なんとも豪胆な・・・・・・」

「少なくともあなたの隣にいる人達になら勝てます!」

「いい加減にしろ!」


 つんざく怒声で、騎士がエリスの前に立った。


「先程から聞いておれば大言妄言を吐きおって! 殿下の命の恩人であるから陛下も咎めずにいるというに! しまいには我らを侮辱するか!」

「本当のことを言っただけです!」

「エリス君、ちょっと!」

「お前もう喋るな!」

「もご!?」


 レイチェルとウィリアムがそれぞれ羽交い締めにして、口を塞いだ。二人が焦りながら「すいません」「どうかどうか」と詫びているけど、騎士はまだおさまっていない。


「まぁまぁ団長。若いうちはこのようなものでありましょうに」

「しかしマーリン殿!」

「子供の純真さでございますよ」


 フード姿の老人、マーリンが穏やかな相貌で宥めはじめた。腰を丸めひょこひょことしたゆっくりな仕草のたびに髭を指で撫で、梳いている。好々爺めいた穏やかな人だ。


「陛下。この者は強さを追い求めております。ですが、陛下は勿論のこと、大軍も魔物も戦わせることはできませぬ」

「うむ」

「で、あるならばどうでございましょう。剣と魔法を極めた者がここに二人おります」


 ウィリアム、そしてレイチェルが強ばり、息を呑んだ。騎士団長も、合点がいったと納得している。


「宮廷魔法使いである儂と、こちらの騎士団長と闘えば、この者も満足させられるかと」

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