第5話

「うわぁすごい!」

「エリス君馬車に乗るのは初めて?」

「うん! 僕が走ったほうが早いけど、楽しいよ!」



 レイチェルとウィリアムが普段使っているよりも安い、荷車を幌で覆っている簡素な馬車だ。何に使うのか不明な荷物類の影響もあって狭く、背中と腰がきついし、絨毯もカーペットもない直座り。ガタガタとした微妙な振動がダイレクトに伝わるので乗り心地は悪い。


 だからこそ、エリスの反応が慰めとなっている。最後部のすっぽりと大きく開かれた出入り口から落ちそうなほど、変っていく景色と馬車の振動に興奮しきっている姿は子供そのもので飽きない。


「あ、ねぇレイチェルあれは!?」

「あれは風車よ。風の力で麦を粉にするために使われているの」

「じゃああれは!?」

「ブドウ畑ね」


 ひょんなことから出会ったとはいえ、なんにでも関心を持って瞳を輝かせて楽しんでいるエリスには、親和的にならざるをえない。


 廃教会でごろつき五人、その後も追手と道中の魔物を一人で一網打尽にした人物で、しかもそれを素手でこなせる子であっても。


 自分の同行者の幼い頃が重なるのもあって、懐かしさに浸れて無垢なエリスと非常に和やかとなれるのだ。


 件の同行者は、フードを顔まですっぽりと隠して一切合切を拒絶し、無となっているのも原因であっても。レイチェルとエリスのやりとりに無関心で、荷物に紛れている置物と化していても。


「でも、本当にごめんなさいね、エリス君」

「いいって! 困ったときはお互いさまさ!」


 へへへ、と笑うエリスに心底ホッとする。魔法が使えるエリスは、しかし最初の暴漢達との戦いで力を使い果たしていた。もしエリスがいなかったら、自分は・・・・・・。


 いや、ウィリアムは。


 だからこそ、初対面で事情を聞かなくても引き受けてくれたエリスには感謝の念が絶えない。


「でも、レイチェルとウィリアムって王都で暮らしてるんだろ? どうしてあの街で襲われていたの?」


「あ~~~・・・・・・・・・」


 詳しい説明は、していなかった。そんな暇もなかったし、なによりエリスは「うんいいよ」と頷いてから、聞こうとしてこなかったからだ。


「調査にきてたんだよ・・・・・・・・・」


 え!? とレイチェルは声にしそうになって、馬車が大きく上下にバウンドした衝撃で遮られた。打ちつけた背中を摩りながらも、信じられない。


 まさかあのウィリアムが自分以外の人に話をするなんて、と。


「調査?」

「・・・・・・・・・」


 けど、そこで終わってしまった。座りこんだ蓑虫の様相で、会話を終わらせたウィリアムにエリスはつんつんと指を突く。そのたびにウィリアムはちょっとずつ横にずれる。


 やっぱり、仕方ない。とウィリアムを知り尽くしているレイチェルとしては、なんとも複雑になりながら、


「え~~っとね。最近魔物の被害がトリスティニア王国の近辺で増えているの。それも活動時期じゃない魔物だったり」

「へぇ~」


 不本意な形でウィリアムのあとを引き継いだ。


 元々、魔物とは生態がバラバラであっても数の増減、出現場所、活発的かそうでないかの時期は絞ることが可能だった。


 けど、数ヶ月前から突如として変った。なんの被害もなかった地域に、今まで姿をだしたことがない魔物がそこかしこで出現し、被害を及ぼすようになった。


 今後のことを鑑みて、なにか原因があるのではないかとレイチェルとウィリアムが襲撃された後の街を調査しにいっていたということらしい。


「それで、あの人達に襲われていたの。どんな被害だったのか報告しなきゃいけなかったし」

「報告って誰に?」

「私の仕えている人よ」

「じゃあなんであの人達に襲われてたの?」

「それは、お金目的かしら」

「ふぅ~ん。難しいね。ねぇ、王都ってどんなところ?」

「え?」


 それで終わりなのかと、レイチェルは呆気にとられた。自分達の正体、仕えている人について根掘り葉掘り聞かれると覚悟していたからだ。


「ねぇねぇどんなところ?」


 けど、鼻息を荒くして瞳をキラキラと輝かせていると、そんなことはどうでもよくなった。


「どんな田舎者だよ・・・・・・・・・」

「ちょ、ウィリアム君」


 ボソッと呟いたウィリアムが、また黙りこんだ。ごめんね、とエリスに謝ろうとした刹那。


 エリスがウィリアムのローブをちからづくで奪いとって、馬車から投げ捨てた。


「ちょ、なにすんだ!」

「君、さっきから全然話していないじゃないか。だから死んでるかとおもった。だって君、弱っちぃじゃん」

「どういうことだぁ! というかいいんだよ俺は! 別に強くなんてなりたくないし! 他のやつが守るし!」

「情けないなぁ。男なのになんでもかんでも他人を頼るなんて」

「な、」

「もし君一人になったら? 誰も守ってくれないよ? 最初から誰かをあてにするなんて間違ってる」

「う、うるせぇ! 関係ないだろ! そもそも俺は来たくて来たわけじゃないんだよ! レイチェルに無理やり連れてこられたんだ!」

「断ればよかったじゃん」

「そんな簡単に断れるか! 遊びじゃねぇんだぞ!」

「じゃあなんで断らないの? 命令した人がこわいの? それとも強いの?」

「お前むかつくなぁ! 俺を誰だと―――――」

「ま、まぁまぁ。あ、エリス君。王都が見えて来たわよ」


 このままでは、ウィリアムとエリスの口喧嘩は終わらないだろう。それに、ウィリアムがとんでもないことを口走りそうになっていた。


「え、本当!?」


 御者台のほうへと即座に移動したエリスを尻目に、不承不承なウィリアムを宥める。


「ウィリアム君。何度も言うけど命の恩人にあんな態度はだめよ。それにお礼もしなくちゃ」

「・・・・・・・・・お礼って。レイチェルがすればいいだろ」

「あなた自身がよ」


  睨みつけてくるウィリアムの視線を、レイチェルはただまっすぐ受けとめた。


 この子の反抗的な態度には慣れっこだ。むしろ、それさえできていない他の者達にもしてほしいくらい。信頼と過ごしてきた時間、そしてお互いの立場から、レイチェルにだけできる反抗だ。


「どんなお礼をするのか、きちんと考えておいてね。それも命を救われたあなたの、ううん。あなたの責任と義務による役割よ」


 だからこそ、レイチェルは厳しさをもって接した。それがどんなにウィリアムにとって過酷なことだとわかっていても。このままではウィリアムにとっても、この国にとってもよくない、と。


「ねぇねぇレイチェル! 王都ってなにがあるの!?」

「そうねぇ。街より大きいからなんでもあるわよ。美味しい食べ物も珍しい物も」

「じゃあ僕より強いやついる!?」

「それは・・・・・・・・・どうかしら」


 ワクワクとした期待に胸を弾ませているエリスに、レイチェルはある無双をした。もしかしたら、と。


「おいウィリアム! 君もこっちこいよ! 王都の周りが水で囲まれているぞ!」

「あんなもん見慣れてるわ! というかどんな視力してるんだ! まだ彼方の距離じゃねぇか!」

「あ! あそこにいる人、立ち小便してる! ほら!」

「やめろ! たとえ本当だとしてもそんな汚いもん見るか!」


 でも、そこまではさすがに難しいか。


 レイチェルは自分の夢想を打ち消して二人の間に入った。

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