第4話
エリスがなんの当てもなく旅をして辿りついたのは、平凡で小さな街だ。
格闘術一本で生きてきたエリスにとっては石作りの城壁でさえ珍しくて、ぐるりと一週するくらいにはしゃいでいた。
入り口で衛兵にとめられ、お金が必要だと言われて頭を捻った。物を買うのにお金がいるのはわかる、けどどうして街に入るのに必要なんだ?
通行料、税金と衛兵に教えられたけどちんぷんかんぷんで困ってしまったけど、ここに来る途中に魔物を倒したところを目撃した商人が、死骸を買い取ってお金をくれていたのでなんとかなった。
街というのは村の規模が大きくなっただけだと、ここに来るまでに出会った旅人・商人から聞いた話で、漠然と想像していた。城門を潜るまで頭の中にあったのは入り口でのお金のことについてだった。
「うわぁ、凄い・・・・・・・・・」
育った土地が森と山と村と自然に溢れていていたエリスにとっては、呆気にとられて、そして新鮮だった。
建物が基本的に高くて大きい。数も多い。屋根の色がそれぞれ違う。赤だったり緑だったり青だったりとカラフルでどこまでも続いている。外観もよく観察すると一つ一つ別々だし、ただ眺めながら歩いて違いを探すだけで心が躍る。。
なにより、人が多い。皆なにがしか仕事をしているし、往来が多い。服もお洒落なのと平凡なのと様々だけど、飽きない。物毎に売っている店も違うし、店頭で並べられている商品に目移りする。
看板には文字で店名が描かれていて小さい子供であっても読めるのだが、学問なんてしたことがないエリスにはただの模様でしかない。
であっても、ここはなんの店だろう? なにを売っているんだろう? と想像して楽しめている。
喧噪ではないにしても、人々の営む暮らしは村が最大規模の基準だったエリスには、充分すぎるほどの活気と、心が弾む街だった。
ぽつんとそびえている塔は古びていながらも趣があっててっぺんから響く鐘の音が心地よい。
あの塔の上に登ってみよう。てっぺんからならこの街を一望できる。いてもたってもいられず、エリスは塔へと駈けた。近づくにつれて巨大になってくる塔が、わくわくとした好奇心と荒くなってくる鼻息をかきたてる。
「ん?」
通りがかった道に面している建物と建物の隙間から、わずかに騒々しいやりとりが聞こえてきた。それも人の声だけではない。なにかを破壊し、金属が打ち合わされる、物騒なものだ。
隙間を通り過ぎていくと、ボロボロの建物、廃墟となった教会があった。まるでこの街から隔絶されているほどにおどろおどろしい雰囲気がある。
闘争の気配があった。なにかを壊し、破るという物騒な音。そして、殺気。エリスは少しだけ空いている廃教会の扉を開いた。
中は埃っぽく、ジメジメとしている。蜘蛛の巣がそこかしこにあって首がない石像が点在している。円形の燭台は落下してきたのかぐにゃりとゆがんで床を突き破っている。壁は所々ヒビが入ったり大きく欠けたりしている。
長椅子がある一定の狭さで均等に並べられていて、倒れてきた柱の下敷きになっている。
天井や壁にはステンドグラスが装飾されていて日光を取り入れてはいるものの、内部を完全にテラスには足りない。
「くそ、手間かけさせやがって・・・・・・・・・!」
ナイフ、剣。武器を手にした男達が最奥部にて誰かを追い詰めていた。数にして五人。
「魔法なんてめんどくせぇ・・・・・・けどもう終わりだ!」
「あなた達、この方に指一本触れたら許さないわよ!」
「あの~~~」
背後からやってきたエリスに、全員が一斉に注目した。
「なにやってるの?」
「なんだガキ! どこから来やがった!」
エリスは、チラッと窺った。追い詰められているのは女性と、庇うように抱きしめられながらガクガクブルブルと震えている男の子。きっと二人ともエリスとそれほど年齢差はないだろう。
女の子の曲がりくねった杖の先端から、ぼっぼっと小さな勢いで火の粉が吹きでるたびに、ちらちらと舞い散ってしまう。
そんな二人が、どうして、なにをされていたのか。なんとなくだけどエリスにはよからぬことだろうと察せられた。
すぐ側にいた男がエリスに迫ってくる。無警戒に、肩に載せられかけた手をくるりと身を翻しながら右手で払う。斜め前へと体勢を崩した男の脇腹めがけて、肘を刈る勢いで曲げて左の平拳を叩きこむ。
つんのめったところでエリスは屈伸の要領で跳ねさせながらアッパーカットを顎に放った。男はそのまま天井へと吹き飛んだ。
自分に害をなそうとした男への、反射的行動をしてしまったエリスの人間離れした一連の流れに、一同は沈黙するしかなかった。
「こ、こいつ!?」
ややあって、冷静さを取り戻した男達がエリスに迫ってくる。けどエリスの縦横無尽さには敵わず、武器を粉砕され、ほぼ一撃で倒されていく。
立っているのは、エリスと女の子達だけだった。
「こいつら弱っちいな」
少し汚れてしまった服から埃を払いながら、エリスは期待外れから呟いた。エリスは武器を手にした相手と闘ったことはない。心構えや対処法は教わっていてもついぞそんな機会はなかった。
だからこそ、武器を手にしていながらも素手の自分に負けた男達には、期待していた厄介さと心躍る手強さがなかった。
「あ、あのあなた? その、ありがとう」
女の子がおずおずと話しかけてきた。上下が一体となった緑色のモンク・ローブは赤い刺繍と金と銀の装飾がなされていて豪華めいていた。
お腹の辺りでベルトが巻かれていてはいるものの、丈が床に届くほど長く袖がだぶだぶに大きく広がっていて動きづらそうだ。
大人っぽくて細い顔つき。それでいて親しみやすく、柔らかい印象を受ける。茶色くて長い髪の毛は毛先にいくほどウェーブがかかっている。
「とても強いのね。私驚いちゃったわ」
ふわっとした笑顔がどこか子供っぽい。可愛らしい美女とでもいうのだろうか。
「あんなヘナチョコども、なんてことないさ」
「へ、へな・・・・・・。でも武器だって持っていたし」
「ところで、どうして君達襲われていたの?」
黙りこんでしまった。気まずそうに、小さく引き攣った笑顔はなにかをごまかしていることをありありと示していた。
そんな反応だけで、出会ったばかりの人間には教えられない事情がある、と普通ならば察するだろう。
けど、エリスはそんな真理なんて無縁だったからただ「?」と首を傾げるばかり。
「・・・・・・・・・もういいだろ? レイチェル。帰っても」
レイチェルというのはおそらく女の子の名前なのだろう。ずっと背中に隠れていた男の子が呼ぶと、レイチェルが躊躇った。
「でも、ウィリアム君? あなただってまだこの子にお礼していないでしょ?」
「知るか。そもそも俺が頼んだわけじゃない。ここにだって来たくなかったんだ。お前が連れて来たんだろ」
「あのねぇ、ウィリアム君?」
レイチェルの困ったとばかりの仕草には、徒労と諦めが含まれている。この男の子はいつもこうだ、と含蓄がある。
「そんな態度をとっていいの? あなたの産まれに恥じないの? お父上はなんておっしゃるかしら」
「・・・・・・・・・」
「せめてお礼を言うべきじゃないかしら」
「・・・・・・・・・ちっ」
ウィリアムと呼ばれた少年がレイチェルを押しのけるようにして強引に前に出た。
背はエリスと同じくらい。少年のあどけなさを多分に残しながらもと大人への成長を遂げつつある凜々しい顔つきは、不機嫌な態度、川の字のように入っている眉間の皺のせいでどこか険がある。
前髪に隠れた瞳は怒り調子に釣り上がってて長い金色の金髪はさらさらと流れるように美しく艶があり、襟足で一房に纏められている。
どことなく気位の高さと上品さが漂いながら怯懦ととっつきにくさがある少年だ。
「・・・・・・・・・ありがとよ」
プイッと顔を逸らしながら囁くほどの早口だったので聞き逃しそうになった。
「お礼って目を見てするものじゃないの?」
「く、」
「それによく聞こえなかった」
「ぐ!」
図星をさされたのか。けどチラ、チラ、としているのみで、エリスと視線が交錯すると弾かれたように瞼を閉じてしまう。
「僕エリスっていうんだ。よろしく」
エリスはウィリアムに悪感情はしなかった。不思議がってはいたけど、本前の元気と活発さから握手を求めた。
ウィリアムはうんともすんともいわず、握り返す素振りさえない。ここまでされては流石にエリスとてたまらない。強引に手を繋いだ。けど、腕の振り幅と力の加減ができずにウィリアムが振り回されそうになった。
「痛い痛い痛い! なんだよ!?」
「え? 挨拶の基本だけど」
「どんな力してんだ! 指粉砕されるところだったぞ!」
エリスはなにもしていない。普段通りにやっただけだ。
「君、弱っちいな」
「な!?」
先程の男達とレイチェルが闘っているとき、そしてレイチェルがエリスと闘っているとき、ウィリアムはただ隠れてビクビクと怯えているだけだった。
それに、今握手をしたときの指の細さと小ささは男らしからぬほどだし、体幹のなさはさっきのやりとりで把握できた。体重も軽く、体型の線の細さも、まさに貧弱という言葉がふさわしい。
「お、俺になんて口きいてんだ! 無礼者!」
「無礼って、なにが? 僕は事実を喋ってるだけだよ?」
「~~~~っ!」
「アハハハハハ! フフフフ!」
「おいレイチェル!」
お腹をかかえるほど大笑いしているレイチェルとウィリアムは、なんとなく仲がいい二人同士特有の空気があった。容赦がないというのだろうか。遠慮がないけどお互いに親しみがある。
「はぁ~~~・・・・・・・・・エリス君。改めてありがとう。助かったわ」
「いや、困ったときはお互いさまだよ」
「本当に・・・・・・本当にありがとう。ウィリアム君に代ってお礼を述べます」
「いや、いいって」
「この子になにかあったら、私だけじゃなくてこの国はどうなるか」
「?」
どこか重苦しく実感がこもっている声音に、いよいよ本格的に二人の事情が気になってきた。
再度尋ねようとして、そしてエリスはある異変に気づいた。
「おいお前! いいか俺はなーーー!?」
ウィリアムがハッと息を呑んだ。エリスの雰囲気が一変していた。ここではないどこかに意識がいっている。それでいて圧倒されそうな空気。
「ここ、出たほうがいいよ」
「はぁ? なんだよ」
「誰かが来た」
「はぁ!?」
「あの、どういうことかしら?」
「きっとさっきと同じやつらだ」
「「・・・・・・・・・」」
どうしてわかったのか、と当たり前の質問はできなかった。まっすぐなエリスの眼は、嘘をついている者のではない。
なにより、エリスの実力を目撃した二人は、こいつだったらありえそうだ、と自分の直感を信じた。
「ど、どどどどどうするんだレイチェル!? お前だってもう魔法使えないんだろ!? 今度こそ殺されるぞ!」
「落ち着いてウィリアム君。とにかくここを出ましょう。裏口があるはずよ。さぁ」
パニックに陥っているウィリアムを誘導しながら颯爽と去ろうとしたレイチェルは、「あ」と。なにかをおもいついたようにして、
「あの、エリス君? 一つ不躾なお願いがあるんだけど、聞いてもらっていいかしら?」
「ちょ、レイチェル!?」
乱暴に両頬を片手、それも三本の指で挟んで口を塞いだ。抗議しているのだろうか、いかんせんもがもがふがふがという風にしかエリスには聞こえない。
「私達を、ううん。ウィリアム君を守ってほしいの」
まばたき一つしないレイチェルの眼差しは、真剣で、そして切迫したなにかを訴え
かけている。
「トリスティニア王国の、王都まで」
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