第9話
使用人達の朝は早い。
彼ら彼女らは貴族出身であり、行儀見習いの名目で徹底いた教育の下、日々それぞれの役割を果たしている。
王族や家臣達が起床するよりも身支度を整えてから掃除や食事の用意をし、各スケジュールを確認する。そこには少しの不手際も許されない。
そんな忙しい、少しの猶予もない慌ただしい朝の一幕に、エリスは毎日の日課である鍛錬に励んでいた。
王宮の周りを百周し終えて型と技の稽古をしていると、偶に見かける使用人に、
「おはようございます!」
と元気よく挨拶をした。大抵は皆一瞬立ちすくむかビクッと怯えたように躊躇って、頭を下げてそそくさといなくなるが。
「あら、エリスちゃん。おはよう」
稽古を終えると、探していたらしいレイチェルと会って、そのまま案内してくれた。ちょうど朝食どきらしく、美味しそうな香りが漂っている。良い具合に空腹になっていたので涎が我慢できない。
できたて特有の湯気が上がってそうな食事は、栄養と味は勿論、彩りも王宮にふさわしいもので豪勢だった。
「いいなぁ。レイチェル達は毎日こんなご飯を食べてるんだね!」
「毎日とはいかないわ。その日その日で私もお仕事があるから」
「うん、美味しい!」
食べながら、レイチェルは護衛の役目について簡単に教えてくれた。要は王宮内で過ごすウィリアムの側にいることだとエリスは受取った。
「食べ終わったら私はそのままお仕事に行くの。だからウィリアム君の食事を持って行ってくれる?」
「僕が?」
食事をする場所は通常、自室とは別にあるのだがウィリアムはそこで食べない。今までは使用人かレイチェルが直接運んでいたそうだ。
エリスは言われたとおり、料理を持っていった。器用に積み重ねて一度にだったので、使用人達は慌てふためいていたのがおかしかった。
「お~~い、ウィリアム! ご飯だぞ!」
マナーや立ちい振る舞いなんてないエリスは、いきなり扉を開けて部屋に入り、そして異常さに料理を落としそうになった。
夜かと驚くほど、光がまったくなかった。厚めのカーテンで窓が遮られていて空気が澱んでいる。
「なんだこれは!」
「う、うう~~ん」
エリスは部屋中のカーテンを開けに走った。気持ちの良い太陽光が室内に振り注がれ、明るく照らす。窓も開けると春の穏やかな清風が吹いてすっきりとさせてくれる。
「ぎゃああ!」
この部屋の主ウィリアムは、寝ぼけ眼にいきなり光を浴びたことで絶叫した。まるで毒を呷ったのかというほどのたうち回っている。
「ぐうう、く、くそおおお・・・・・・誰だこの狼藉はぁ!」
暗いところにいた者がいきなり明るいところにいくと明順応という状態に陥り目が眩むが、日を浴びることのほうが少ないウィリアムには効果がバツグンすぎた。
「やぁおはようウィリアム」
「お、お前エリスかこのやろう・・・・・・・・・」
ベッドから転がり落ちたウィリアムを無視して、エリスは料理を並べていく。「よし」と机の上を見渡したけど、ウィリアムは毛布をかぶって二度寝しようとしているではないか。
毛布を乱暴に奪い去って、遠くのほうに放り投げた。
「なんだよちくしょう・・・・・・」
「なんでもっかい寝ようとしているんだよ」
「そもそもこの時間に起きてねぇんだよ俺は・・・・・・」
「はぁ? じゃあご飯はどうしているんだ」
「いつも部屋の前に置かれてる物を食べたり、なんだったら二回目持ってきたときに食べてるよ・・・・・・」
「なんてことだ!」
「お前・・・・・・朝なんだからもっと静かにしろよ・・・・・・」
「それじゃあご飯が冷めてるってことだよ! もったいない!」
「いいだろ別に・・・・・・・・・」
「よくない! できたてのほうが美味しいじゃないか!」
「だぁぁぁ! 俺主なんだぞ!? 少しは敬意を払えよ! なに主の意に背きまくってんだ!」
「僕君のこと主だなんておもってないし敬意なんてもってないよ」
「なんだとこのやろう!」
ウィリアムがいい加減立腹してエリスに手をぶつけようとした。けど、エリスは巧みに手首を曲げながら背後に回り肩を押さえた。
「痛たたたたたた!? わかった食べる食べるよ食べればいいんだろちくしょう!」
強制的に朝食を食べさせられる羽目になったのだった。椅子に腰掛けたはいいものの、小食な上にテンション低めなので食べ終わるのも苦労した。
俺王子なのになんで護衛に従わせられてんの? と納得できないが、「美味しいかい?」というニコニコ朗らかなエリスを前にしていると萎縮する。
強さが原因ではない。ウィリアムを傅く対象として接していない態度も。ただエリスの性別が彼女の笑顔によって強調され、可愛いと錯覚してしまう。それが恥ずかしくて気まずくて。
微妙な年頃の男ゆえの、同年代の女の子に対する萎縮だ。
「まったく、お前が恩人じゃなかったら 追いだして処刑してたぞ」
その後はウィリアムのスケジュール通りなのだが、いかんせんウィリアムは室外には赴かない。トリスティニア国王の後継者であるウィリアムは、当然のこととして王族の職務の一端、内政の一部を担っている。
だが運ばれてくる書類に目を通してサインしたり、なにか文字を書き連ね書類の山を形成する。それも数と頻度が少ないので、エリスとしては退屈だ。
護衛であるため、側をバルコニーで筋トレに励み、仮想の敵に対する攻撃を軽快にしていた。
時折ウィリアムが手洗いに行くときには付き従うものの、暇だった。
「なぁ、ウィリアム。君は毎日こんな生活しているのか?」
昼食後のなにをするでもなく、部屋のすみっこでぼぉ~っとしているウィリアムはじろっと睨んだ。
暗いほうが落ち着くのだが、生憎とエリスによって部屋が明るすぎるくらいだ。カーテンを閉じようとしてもエリスが抗う。
できるだけ影になっている箇所に移動し、睨むだけが唯一の抵抗だった。
「なんだよ。悪いのか?」
「悪いのかどうか僕にはわからない。けど、よくこんな一日をずっと送れるな~って。僕だったら耐えられないよ」
「くっ」
「王子の仕事はもうないんだろ? じゃあなにするんだ?」
「本読んだりぼ~っとしたり・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・生きてて楽しい?」
「ほっとけ。勝手に哀れんでろ」
「でも、植物だって日の光浴びないと育たないだろ? 外に出て体を動かさないとすぐ衰えてしまうって師匠も言ってたし。動物だってもっと動くぞ」
「くっ」
わかっているのだ。ウィリアムにも。自分はダメだと。このままではいけないと。
けど。
「う、うるせぇ! 俺はここにいるほうが好きなんだよ! 他になにやれってんだ! 第一、お前は護衛でそれ以上でもそれ以下でもないだろ!」
「護衛だったら君のことを心配しちゃだめなの?」
「っ! 余計なお世話だってんだよ!」
ウィリアムはエリスに対して心を開いていない。出会ってばかりの女の子のことなんて信じられるわけがない。そんなエリスに心配などされても、ただ機嫌が逆立てられるだけだ。
けど、エリスにそんな他人を慮ることなどできることはできず、発想が斜め上すぎる行動にでた。
「よいしょっと」
ウィリアムをいきなり肩に担いだのだ。
「なにやってんだお前は!?」
手足をばたつかせるウィリアムをエリスは軽くいなし、ウインクして親指をたて宣う。
「鍛錬しようぜ!」
「はあああ!?」
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