第85話 ゴーレムとカッコいい顔

「うわぁ!? ガンジョーさんの顔が……カッコよくなってますっ!!」


「そ、そうかい……? ありがとう、マホロ」


 マホロが俺の顔の変化に気づいたのは、抱え込まれてから数分経って落ち着いた頃だった。


「スープがあまりにも美味しそうで、俺も食べてみたいって本気で思ったんだ。そしたら、魂がさらにゴーレムに適応して口が出来たってわけさ」


「そりゃあのスープを前にしたら口くらい生まれて来ますよ! それくらい美味しいですから!」


 口が生まれて来るレベルの美味しさ……キャッチコピーとしては難解だが、実際に口が生まれて来たのだからしょうがない。


「ということで、俺もスープをいただきたいのですが……正直ちょっと怖いです!」


 俺がマホロやシルフィアみたいに暴走したら、止められる人は誰もいないからな。

 心の中ではおかわり欲しさに自我を失ったりしないと言えるのだが、普段は礼儀正しいマホロやシルフィアがああなったのを見た後では……自信がない。


 ただでさえ久しぶりの食事なのだから、その感動は何倍にもなりそうで……。

 暴れる自分の姿も想像出来ないわけではない。


〈もし『ガンジョー』の魂が暴走した場合、『ガイア』の側でボディの制御を行います。暴れて周囲に危害を加える心配はありません〉


「そうか、俺にはガイアさんがいる! それなら安心してスープを飲める!」


 ということで、俺の分のスープをお皿に注いでもらった。

 パッと見はそこまで美味しそうに見えない緑のスープから発せられる香ばしい匂い……たまらん!


「いただきまーす!」


「「「召し上がれ!」」」


 マホロ、シルフィア、メルフィさんから「召し上がれ」と言ってもらえると、さらにスープが美味しくなりそうだ。


〈召し上がれ〉


 ガイアさんまでそう言ってくれた。

 俺は出来たばかりの口で、スープをこぼさないように慎重に飲んだ。

 そして、次の瞬間……


「あ――――――――――」


 俺の口の中にある粘土のような柔らかい材質で作られた舌にスープが触れた一瞬、俺の思考は完全に停止した。


 それから全身に多幸感たこうかんが駆け巡り、幸せにぶん殴られたような気分を味わう。

 言葉では形容出来ないというか、一度頭の中から言葉という概念が押し流されたような感覚。


 本能が思考を支配し、原始的な動物になったかのような……。

 なるほど、だからマホロたちはおかわりを求めて獣のようにうなっていたんだな!


「――――――――――美味い」


 幸福の激流の中からこの一言を取り戻した時、俺の意識は現実に戻って来た。


「メルフィさん、あなたは神だ」


「ふふふ、では私とガンジョー様で神と神ですね」


 謎の会話を繰り広げ、スープの美味さを褒めたたえる。

 マホロたちのようにおかわりを求めて暴走はしなかったが、これから先トロールを見つけたら狩り尽してしまいそうだ。

 あのお世辞にも美しいとは呼べない魔獣から、こんなに素晴らしいスープが作れるなんて……!


「おかわりもありますよ」


「ありがとうございます! でも、それはみんなで分けてください」


 確かに食事を……味を楽しめるのは幸せだ。

 でも、ゴーレムの体が食事を必要としない事実は変わらない。


 俺の食事は生きるためではなく、完全に楽しむためにある。

 それなら生きるために食事を必要とするみんなにお腹いっぱい食べてほしい。


 やっぱり、みんなが食べてくれることが俺の幸せなんだ。

 俺はたまに食事に余裕があった時、少しだけ料理を味わわせてもらえば十分だ。


「……では、もう一杯だけ飲んでください。余裕はありますから」


「いいんですか?」


「いいんです。私たちの気持ちです。神様にお供えするような……と言うと他人行儀たにんぎょうぎになってしまいますが、こちらにもガンジョー様に食べてほしいという願いはあるんです」


「だって、ガンジョーさんは今までずーっと私たちの食事を見てるだけだったんですから! 食べられるようになったのなら、食べてほしいんです! そうずーっと思ってましたから!」


「メルフィさん、マホロ……! ありがとう、いただきます!」


 気持ちを受け取るって大事なことだ。

 俺がみんなの食事風景を見て心が満たされるように、俺が食べることで喜んでくれる人がいるんだ。


 俺はスープのおかわりを味わって飲み干した。

 不思議とおかわりの時は意識を吹っ飛ばされず、普通に絶品スープとして楽しむことが出来た。

 まあ、毎回あんなことになってたら怖いもんな!


〈これが味覚――味わうこと――美味しい――!〉


 体を共有するガイアさんも美味しさを感じてくれているようで嬉しい!

 人のこととなると食べてくれることを喜べるのに、自分が食べることを喜んでくれる人がいるって感覚は全然なかったんだから、俺もまだまだ視野が狭いなぁ~。


 でも、今回で学ばせてもらった。

 あの強烈な感覚と一緒に記憶に刻み込めば、忘れることはないだろう。


「うむ、私はガンジョーとの食事は今回が初めてだったので、そもそも物を食べれないということも知らなかったのだが……何はともあれ良かった良かった!」


 シルフィアも笑顔を見せてくれた。

 スープを飲んだ後の彼女は少し陽気になった気がする。

 それはスープの美味さのおかげか、同じテーブルを囲んで食事をしたことでより心を開いてくれるようになったのか……どっちもだな。


 ラブルピア名所巡りの最後に教会を選んだマホロのセンス、改めて称賛しょうさんしたい。

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