第73話 ゴーレムとつなぐ手

 そして数分後、リニアトレインはラブルピアのプラットホームに到着して……いなかった。


 それもそのはず、大きな木を載せた状態では防壁の門を通ることが出来ないからだ。

 防壁の手前、瓦礫の海の中で停止したリニアトレイン。とりあえず乗客を降ろす。


 俺の元いた世界での苦い記憶……。

 駅の手間でトラブルが起こって電車が停止した時の絶望感。

 なかなか降ろしてくれない時の車内の圧迫感……。それをマホロたちには味わわせないさ。


「速度を落としてもこの短時間でジャングルから街へ移動出来るのですから、やはりリニアトレインは素晴らしい乗り物です」


 メルフィさんがここまで走って来たリニアトレインをねぎらうように車体を撫でる。

 何度も何度も自分の足でジャングルと街を往来おうらいしていたメルフィさんだからこそ、その言葉と行動に重みがあるというものだ。


「ここがマホロたちの街ラブルピアか……」


 シルフィアが客車から降りて周囲を見渡す。

 そして、気まずそうな表情を浮かべた。


「んん……何というか、瓦礫だらけだな。街は街でも瓦礫の街のようだ……。あちらの高い塔はそれはそれは立派な建物だが……」


 中途半端なところで降ろしてしまったから、ここをラブルピアだと勘違いしているようだ。

 まだ手を付けていないここの瓦礫たちも街の一員ではあるんだけど、実質的に街と呼べる場所は外からじゃ見えない防壁の中だ。


「シルフィアさん、本当の街はあの壁の向こうなんですよ!」


 マホロが誤解を解くべく話しかける。


「おお、そうだったのか! 正直に言うと、ここが街だとすると住みやすくはなさそうだと思っていたんだ。いやぁ、かなり焦ったぞ……」


 あそこまで自分たちの街は良いところだとアピールしておいて、瓦礫しかないところに連れて来られたらそりゃビビるよな……。

 いらぬ気を使わせてしまったが、防壁の中を見せれば納得を得られるはずだ。


「マホロ、どうやって街の中を見てもらおうか? 普通に中からか、もしくは上からか」


「それはもちろん……」


 マホロはニヤリといたずらっぽい笑みを浮かべる。


「上からです!」


 だろうな~。

 マホロのご自慢、消えない炎の灯台の出番だ。


「私は遠慮しておきます……」


「ニャア……!」


「アタシもパス……!」


 これからの流れを察したメルフィさん、ノルン、ヘルガさんが速攻で拒否を示す。

 結構高いところ苦手な人が多い街なんだ。


「では、私とシルフィアさんとガンジョーさんで行きましょう!」


「うん? あの壁の向こうに行くのではないのか?」


「それは行ってからのお楽しみです!」


 ぐいぐいシルフィアを引っ張るマホロ。

 あからさまに灯台の方へ歩くものだから、シルフィアも薄々察したようだ。


「……まさか、あの塔は上れるのか?」


「あー、やっぱりわかっちゃいます? まあ、上の方に立派な展望台が見えますもんね。お察しの通り、今からあの灯台に上って街を上から見渡すんです!」


 マホロはあの灯台も、灯台からの景色も大好きだから、説明にも熱が入っている。

 しかし、百メートルを超える高さの場所に連れて行かれるのを、シルフィアが快く思わない場合もある。


 その時には俺がマホロを止めよう。

 初めての街に来ていきなり嫌なことをさせられたら、街そのものへの印象が悪くなる。

 それはお互いに望むことではないからな……。


「おっ、おおお……っ!? あんな高いところまで登れるのか!? 私の家よりもずっと高いぞ!」


「はい! 約百メートルある灯台に上りたい放題です! お金もいりません!」


「しかも無料だと!? 良かった……人間社会の通貨は手持ちがないのでな」


「さあ、行きましょう! 消えない炎の灯台へ!」


「おー!」


 シルフィアは拳を突き上げて叫んだ後、ピタッとそのままの姿勢で止まった。

 そして、彼女の顔はみるみる赤色に染まっていく。


「あ、いや、その……ま、招かれたのならば行かねばならんな……! 別にはしゃいでなどいないぞ! これが礼儀というものだろう……!?」


 こちらを見てうったえかけるシルフィア。

 俺は微笑ましい気持ちで、ただただ優しくうなずくのみだ。


 恥じらいながらもシルフィアは、マホロと共に駆け足で灯台に向かった。

 足取りはもはやスキップのようで、高いところに上れるのが楽しみでたまらないようだ。


 ここは二人の時間を邪魔するのも悪いだろう。

 俺は地上に残ってこれからの作業を進めて……。


「ガンジョーさん! 早く来てくださ~い!」


 ……呼ばれてしまっては仕方がない。

 二人の少女を後方から見守るゴーレムになるとしようか。


「わかった、今すぐ行く!」


 駆け足でマホロたちを追う。

 メタルゴーレムは重量の割にスピードが速い。追いつくのは簡単さ。

 灯台に着いたら内部へ続く扉を開き、中にある電磁魔動式エレベーターに乗り込む。


「マホロ、この螺旋階段を上っていくのではないのか?」


「はい! もっと便利な物がありますから! このボタンをポチッと押せば……」


 スゥ……と何の揺れもなく円盤型のエレベーターが動き出した。


「なんと……! 浮かび上がっている……!」


 シルフィアはその場に膝をついて四つん這いの姿勢になる。

 バランスを崩したというよりかは、動いている足場に触れて何かを確かめているようだった。

 でも、四つん這いの姿勢のままマホロに寄り添う姿はさながらノルンみたいだ。


「はいっ、もう着きましたよ! 地属性と雷属性の魔力がいい感じの磁力を生み出して、金属の円盤を動かしていたんです!」 


「なるほど……高度な電磁魔動式だな」


 やはり、魔法に関する知識量は多いな。

 この物知りなところは、エルフの血のおかげで見た目より長生きしているから……なんてことがあったりするのだろうか。


「いよいよ、あの扉を開けば展望台に出られます!」


「ま、待ってくれマホロ! 私と……手をつないでくれないか!」


 バッと勢いよく右手を差し出すシルフィア。


「これは別に怖いわけではなく……あっ、そうそう! マホロが高いところから落ちないように、私が手を握っておこうというわけだ! ……どうだろう?」


 シルフィアは頬を赤らめて提案する。

 マホロが灯台から落ちないように……なんて明らかな嘘だろう。

 実は高いところが怖くて、それでもマホロに合わせるために今まで我慢していた?


 いや、そんな風にはまったく見えなかった。

 というか、彼女にそんな本心を悟らせない高度なごまかし方が出来るとは思えない。

 ならば、なぜ手をつなごうなんて……いや、そんなの簡単な話か。


 人と手をつなぐ一番シンプルな理由――『それは仲が良いか、仲良くなりたいか』だ。


「はい! 私が落ちないように、しっかり握っててくださいね」


「あ、ああ……約束する!」


 マホロとシルフィアはギュッと手をつないで、展望台へ通じる扉を開いた。

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