第74話 ゴーレムと優しい人
開いた扉から荒野の風が吹き込み、シルフィアの緑と金の髪を揺らす。
尖ったエルフの耳と丸みを帯びた人間の耳、揺れる髪の隙間から見える左右で違う耳。
それは珍しい特徴ではあるけど、人との違いとしてはほんの
大事なのは気持ちだ。
みんなで助け合ってこの街で生きていく――
その気持ちさえあれば種族の違いなどはどうでもいい。
「おお……! これはなんと素晴らしい景色だ!」
シルフィアは幼い子どものように駆け出すと、落下防止の柵に顔を密着させて遥かな大地を見下ろす。
「広い、広い……! 世界はこんなにも広いのか……! こんなに高いところからでも、見えない物があるほどに!」
ここからではジャングルすら見えないからな。
それだけこの荒野、そしてどこまでも続く大地の雄大さを感じずにはいられない。
「一人でジャングルに閉じこもっていたら、一生見ることが出来なかった景色を見ている……。そして、一生抱くことのなかった感情を私は抱いている……」
シルフィアはマホロの手をより一層強く握りしめた。
それに応えるようにマホロはシルフィアの顔を見つめる。
「シルフィアさんは生まれてからずっとあのジャングルにいたんですか?」
「いや、生まれたのは人間の街だった。里を出て旅をしていたエルフの父と人間の母の間に生まれたのが私だ。それから各地を転々としたが、物珍しいエルフの親子は悪党どもに狙われやすくてな……。やがて疲れ果てた両親は父の故郷のエルフの里へ流れ着いた。だがしかし……」
シルフィアは顔をしかめ、唇を噛みしめる。
「エルフの里は人間の母と混血の私を受け入れなかった。そこで旅に疲れた父は私たちを捨てて里に帰り、行く当てを失った母も厄介な私を捨てて人間の社会に戻って行った……というわけだ。どっちつかず、中途半端な私は
シルフィアにとっては魔獣よりも人間やエルフの方が恐ろしい存在だったんだ。
それにジャングルは危険だが食べ物には困らない。
隠れ住む場所としてはマシな方ではあるか……。
「そんな悲しいことがあったんですね……。私、シルフィアにとって人間がどれだけ恐ろしい存在か知らずに、自分勝手なことを……」
「いや、いいんだ。マホロは悪くない。私は何年も一人だったから、他の誰かに手を差し伸べてもらわないと立ち上がることが出来なかった。それこそ、かなり強引でなければ話を聞くことすらなかっただろう。後は……ノルンのおかげだな」
「ノルンが私たちをシルフィアさんのところへ案内してくれなかったら、出会うこともなかったかもしれません。ノルンは本当に優しくて立派な子です」
「そう……ノルンには心から信じられる、共に生きたい人がいたんだ。だから、マホロを追ってジャングルに来た。私のことを覚えていて、戻って来てくれた。優しい人を知っているから、他人にも優しく出来るんだろうな」
「私、そんなすごい人になれているでしょうか……?」
「なってくれるのだろう? 私を信じて、共に生きてくれる人に」
歯を食いしばり、恥ずかしくて逸らしてしまいたい視線をマホロに向け続けるシルフィア。
マホロはハッとし、両手で力強くシルフィアの手を握り返した。
「なります! いや、もうなってます! シルフィアさんを信じて共に生きます!」
「ふふっ、それでいいんだ」
聞きたかった言葉が聞けて満足げなシルフィア。
ラブルピアの中心は俺じゃなくてマホロだ。彼女がいるから、この街が街になる。
俺もまたマホロを信じて生きるゴーレムさ。
「そうだ、シルフィアさんの木を植える場所を決めないと今日眠れませんね! この高さから見下ろせば、街のどこにスペースがあるかわかりやすいです!」
落下防止の柵に顔を近づけ、ラブルピアを見下ろすマホロとシルフィア。
この高さだというのに下を見下ろすことを恐れない二人はすごいな……。
「おおっ、ちょうど私たちが住んでる教会の隣の土地が空いてました! みんななぜか遠慮して、ここに家を建てたいって言ってくれないんですよね」
教会がある場所は防壁の近くなので、街の中心というわけではない。
中心から外れているだけあって少しばかり広い土地が空いているのだが、他の住人からすれば街を再生させた俺の住む教会の近くはどうも
身近に感じてもらえるゴーレムを目指してはいるが、それでも立場は守護神……。
信仰というか、尊敬というか、そういう目で見られているところもある。
「マホロの家の隣というのは嬉しいが……他の住民が遠慮して住まなかった土地を、
「いいんです! 文句を言う人なんて誰もいません。私もお隣さんがいいです!」
「だが、そもそも木を防壁の中に運び込むのが危なくないか? ジャングルと違って建物があるし、ガンジョーが巨大化するのも……」
二人を見守っていた俺――ここでついに口を出す。
「出来るさ。やってみせる」
力強く、それでいて穏やかに宣言する。
「防壁の外に植えたら魔獣が来るし、ジャングルみたいに安全じゃない。それにシルフィアが
「……そうだな。もう下手な
シルフィアは強気な笑みを浮かべ、両手を腰に当てて言い放った。
「よろしく頼む、ガンジョー! 私をお前たちのお隣さんにしてくれ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます