第89話 殺して、見せろ。


「だから、覇者になってやるのさ」



 白熱を感じる。

 間近に。

骨身を焼く熱情。

ヤツには無い、俺達の唯一無二。


 思い起こす、我らの武器。



 ――『Lv1“白光”のクールタイム、残り8760時間』



 シルフィの“劫火”を食らって。

 そのフレンドリーファイアが、俺を飛ばした。

魔女の間近まで。


 瞬間、反射的に逃げる生贄。

 その刹那だけ、洗脳が切れていた。

エニュールの洗脳は――その変質は完璧ではない。



「ぐ……――ッ!」



 俺ごと――劫火を浴びる魔女。

 集中力を乱していて、障壁の展開が遅れたのだ。

だが、それも一瞬。



【Eスキルの発動を検知――数値変換メタトロフィス



 機械音声がそう言って、さらに続く。



【Cスキルの発動を検知――界間静寂シレンティウム



 今まで聞いた事の無い、スキル。

 それはきっと、今までも使われていたスキルだ。

スキルの発動を敵に検知させないスキル。


 それも今は必要ない情報。



「……よっ」



 間近に迫る、魔女の顔。

 緊迫し、切迫した少女エニュールの顔。

炎の中で揺れて、薄くなった障壁ごしに、それが見える。


 俺は、汗だくの笑顔を見せる。

 こちらだって、余裕は無い。

フレンドリーファイアのせいでHPは残り3。



「……ふっ、そんな状態でどうするつもり……?」



 拳を突き出す。

 二度、三度、薄くなった障壁を殴る。

腹から血は止まらず、きっとバッドステータスもある。

視界自体が揺らいでいる。


 機械音声の通知が無いのは、俺に限界が来ているからだ。



「お前……お前さ……嘘吐いてんなよ」



 瞬きをして、エニュールの瞳の色が変わる。

 何の変哲もない、栗色の瞳へと。

本来の、彼女の色へと。



「……は?」

「シルフィが愛されようとした。それが不遜だからってイラついた……そんな嘘吐きやがって」



 俺は彼女を見下ろす。

 人は――単純な感情によって動かされる。



「本当は嫉妬しただけだろ」



 俺は、一歩踏み出す。

 障壁が消えた。

俺が削り切った訳でもない。

なのに、消えた。


 理由は明白だ。



「黙れ……」

「いつも独りに感じていて。どこか悲しそうにしてる。そんな愛された事の無い人形――それは、本当は、お前の事なんじゃないか?」



 障壁が消えた。

 それは、エニュールの意思によって、消えたのだ。

彼女はスキルを切って、俺との距離を詰めた。


 俺を殺す為に。



「貴様に何が分かる」



 エニュールが持つ銀色の杖。

 その先の小さな頭蓋骨が落ちる。

そこに隠された、小さな刃。


 それを俺の首元――鎖骨の下に突き刺す。



「……悪くない手だ」



 俺は力なくそう言い、その手を伸ばす。

 自分の手を後ろへ、背後へと。

もう一度、確かに。



【Eスキル――】



 HPが無くなる直前――

 その時、スキルが発動する。

勝負が確定するはずだ。



「でも――俺の勝ちだよ」



 俺が一度死んだ後――勝利が。

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