第86話 勝ち方。それを見る時。


 唸る、俺の殺意。

 風を斬る、俺の長剣。

その刃が振り下ろされる。


 刃で狙うは――その笑顔。

 その怪物の首。



「奴隷よ。魂の絆、その鎖をりて命ず」



 怪物――あるいは魔女エニュールの詠唱。

 それに応えて、シルフィが前に出る。

狂気の笑顔を浮かべる魔女。

そいつを庇うように、その前に出て、右手を掲げる。



【Cスキルの発動を検知――】



 シルフィの掲げた右手。

 刹那、そこから黒い稲妻が走った。



【――解式変換ハプティスマ、発動】



 俺の刃が止まる。

 それ以上は進まない。

俺もそれ以上、進めない。

何かに阻まれて、近づけない。


 魔女まで、あと少しなのに。

 “壁”に阻まれている。



「……障壁か――ッ」



 “数値変換メタトロフィス”と同系のスキル。

 最初、魔女と戦った時に使われていたスキル。

あの穴の中――戦いの中で、二重の障壁の一つを作り出していた。

そのスキルだ。


 そして、効果は、それだけじゃない。

 ――“HP”を吸われている感覚がある。



「――シルフィ……ッ!」



 間近、金髪少女の顔。

 それに向かって叫ぶ。



「お前は……独りなんかじゃ――」



 泣きながら笑う、シルフィ。

 その瞳がゆっくりと上がる。

その目が――俺を見る。



「待てよ……お前……」



 そこに駆ける足音。

 カプラが駆け寄ろうとしてくる。

俺へと駆け寄って、加勢して、助けようと。


 そんな羊娘に向かって、魔女は手を伸ばす。



敵を滅せよトゥーザ・スィオ



 彼女に応えて、連なる奇声。

 周りの生贄たちが群がる。

集団で、ゾンビのように襲いかかる。


 カプラが、その大群に押される。



「……ッ」



 構えた長剣。

 カプラは、その刃を生贄へと向けられなかった。

だから、ただ押されるしかなかった。


 思えば、洗脳された相手との戦闘は彼女にとって初めてだ。

 あの入り口の上、“壊滅パーティ”との戦闘でも、彼女は傷を負って、地面に伏していて――

洗脳された人間達と、直接に、刃を交えることが無かった。



「卑怯者が……」



 俺は、そう呟く。

 その台詞に、魔女エニュールが首を傾げる。



「卑怯? 誰が……?」

「お前だよ。いつだって、お前は他人を盾にして、自分自身で戦わない」



 エニュールが瞬きして、瞳の色が黒に変わる。

 その黒に対して、俺は続ける。



「この臆病者」



 挑発。

 それをし返す。

魔女を怒らせれば、その集中力も欠く。


 しかして、エニュールはそれを笑い飛ばす。



「あははははは――ッ!」



 俺は飛ばされる。

 その笑い声によって、後ろに飛ぶ。

障壁との“繋がり”が切れて、後ろへ――


 声の圧に飛ばされる。



「……“声圧ウォクス”かッ」



 その魔女の笑い声。

 そのスキルに、生贄も巻き込まれる。

何人かが飛んでいく。

飛んで、鉱石の天井にまで叩き付けられた。


 それにより、天井に走る、少しの亀裂。

 より大きく聞こえる、水の音。

それを気にも留めない、魔女。

満足げに微笑んでいる、エニュール。


 その顔を見て、俺も少し笑う。

 それから、スキルを発動――



【Eスキル:旋風、発動】



 カプラの周りの敵を飛ばす。

 緩く、あくまでも殺さずに。

そして、俺自身もその風に受け止めてもらう。


 反対から吹き付ける、風の勢いで、魔女に飛ばされた勢いを相殺。 

 カプラの横に、着地する。



「……どうするの?」



 問いかけて来る、カプラ。

 敵に刃が立たず、挑発さえ上手くいかない。


 そんな状況をどうするのか?

 カプラは、それを聞いてきていた。


 その問いに、俺は答える。



「当然だ。あの魔女を殺す」



 攻撃を試みて、魔女の間近に――

 シルフィの傍に迫って。

それで初めて、気付いた事がある。



「少しずつ……勝ち方が見えてきたから、な」

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