第85話 あるべき姿。


「あはっ……ははははははは……」



 シルフィの笑い声が響く。

 彼女は赤い目を見開いて、滝の様な涙を流している。

なのに、大口を開いて、笑い続ける。



「はははははははははははははははははは」



 その笑いに、魔女が声を被せる。

 リズムを取り、手を叩きながら。



「はいはい! あはははは!」

「あはははははははははは」



 異様な光景。

 そこに剣が飛び、魔女の寸前で止まる。

障壁に阻まれて、弾かれる。

カプラがさっき拾って、今に投げた。

その長剣が。



【Eスキルの発動を検知――数値変換】



 障壁から白い稲妻が走り、長剣が戻ってくる。

 彼女が、戻ってきた長剣を片手で取る。

それから、牙を剥く。



「ふざけてんなよ……魔女が」



 その間に、俺は周りを見渡す。

 周りを生贄が囲んでいる。

その周りには、鉱石、鉱石、鉱石。

床も天井も鉱石。


 感じからすれば、さっきまでと同じ城の中。

 鉱石城の中と同じに思える。

違う所があるとすれば、格段に広い部屋である事。


 そして、天井からぶら下がる、無数の“つらら”だ。

 それにさっきから聞こえる――水の音。



「面白いだの何だの……さっきから聞いてれば」



 カプラは手に取った長剣を下ろす。

 その刃に目を落とす。

“兄”の命を奪った、その刃に。



「そんな事の為に、お兄ちゃんを……――」



 カプラは、金色の瞳を上げる。

 その先には、シルフィがいる。



「人の想いを弄びやがって……」



 俺も目を上げる。

 魔女に問い掛ける。



「何故だ」

「んんん……?」

「お前はシルフィを駒として使っていた。洗脳の為に、変質の為に。お前の魔法を成功させる為の道具として――“瞳”として使っていた」

「そうね。お前に説明されるまでもない事実だね」



 自分の長剣を床から拾い、手に取る。

 カプラの兄の物だった、その武器。

銀色の武器。かつて英雄を目指した者の刃。


 その重みをずっしりと感じる。



「けれど、今までのお前は――その自我を奪わなかった」



 シルフィの空虚な瞳が俺に向く。

 魔女へと言葉を吐く、俺を見ている。



「なのに何故だ。今になって、何故完全な洗脳状態に置いた?」

「んん……ふふふ」



 その魔女――エニュールは醜く顔を歪める。

 一際、楽しそうに笑う。



「だって、ムカついたんだもの」

「……何?」

「自分の意思で、誰かと話したりして。それでも、いつも独りに感じていて。どこか悲しそうにしてる。それがあの“似姿”のあるべき姿なの」



 薄目。

 白くなった黒目。

その瞳で笑い続ける。



「なのに――愛されようとした」



 笑いが消えて、真顔になる魔女。



「私の似姿レプリカの癖に。人形の癖に。そんなの不遜ふそんでしょう? ……黙って彼女は泣いてりゃいい」



 駆ける足音。

 それが間近に聞こえた。


 もう我慢できなかった。

 俺が駆けていく。



「待って! 夕――ッ!」



 魔女が笑顔に戻る。

 間違いない。

さっきまでの台詞は、挑発だ。


 そうと分かっていても、ダメなのだ。

 この怪物を――俺は許せない。

長剣を唸らせ、刃を振り下ろす。



「奴隷よ。魂の絆、その鎖をりて命ず」



 魔女エニュールの詠唱。

 それに応えて――シルフィが前に出た。



【Cスキルの発動を検知――】



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