第82話 わたくしを見て。


「ディ……ディノー……――ッ!」



 俺は、彼女の名を口にする。

 天井への激突。

その余りある勢いを殺す事が出来る。

そんな彼女を頼るしか無かった。



『何よ……?』



 視界が淡く溶け、消える。

 消えて、暗転。

闇の中に声が響く。



『……もう十分』



 声の次に“焚き火”が見える。

 それを囲む、3人の冒険者の姿が見える。

彼らが灯りを囲んでいる。


 穴の上で壊滅した、あのパーティの生前の姿。

 その過去が広がっている。

"俺"の目の前で。


 彼らの一人、黒いローブの女魔法使い。

 彼女が台詞を続ける。



『アロイスも殺されて……もう十分よ」



 それを聞いて、戦士の大男が地面を蹴る。

 悔しそうな顔で絞り出すように言う。

台詞。



「そんな訳ないだろうが。魔女は生きてて……」



 それも台詞だ

 そうとしか聞こえない。

舞台の上で繰り広げられる寸劇。

そのワンシーンでしかないのだ。


 そんな感覚がした。

 彼らは何故悲しんでいるのか。

分からなくなっていた。

感情が死んでいる。


 きっと一度として、しびれもしない。


 だから、“私”は嘘吐きなのだ。



「仲間が死んで……そんなの――」

「納得いかないって? でも、無駄よ。勝算が無い」



 俺が私に変わっていた。

 俺と誰かが重なっている。

シンクロしている。


 身震いがする。

 見ている瞳を感じる。

私だけを"いつも見ている"、誰かの視線。

悪い感覚ではない。


 私を見ているのは――魔女だけだ。

 生まれ落ちた日から、他に愛されたこともない。


 だから、誰かが殺してあげないと。



「……勝算ならあるじゃねえかよ」



 重なった"私"は、野暮ったい司祭服を揺する。

 その重たい袖を上げる。

垂れる金髪を掻き上げる。



「――ここに」



 女魔法使いが私を見る。

 わたくし――シルフィ・グライアを。


 それから、すぐに、彼女の瞳は私から逸れる。

 目を逸らしたままに言う。



「……何だって?」

「わたくしがいる――だから、使って勝てばいい」



 その時は本当に、そのつもりだった。

 私は、いつだってそうだ。

いつも始まりは信じている。


 自分がただの一人オリジナルであると。



「わたくしの正体は――“似姿レプリカ”だぜ」



 記憶が消えて、いつも目覚めて。

 魔女を殺すという漠然な目的意識だけがあって。

その為に、仲間を探し、森へと入る。


 そして、仲間だった者を死に誘う。



「お前……――魔女かッ」



 戦士の声が号令みたいに。

 囲んでいた冒険者達が一斉に立つ。

各々の武器が私に向けられる。



「違うさ、似姿レプリカだ……私は本物オリジナルじゃない」



 頭を掻いて、両手を挙げる。



「最近まで、わたくしも忘れていたから定かじゃねえけどな」

「似姿……――魔女の手下って事なの?」

「惜しいな。けど、正解って事にしてやるよ」



 私は魔女の手下ではない。

 配下になんて、なれはしない。

アイツは、そんな風に思ってさえいない。


 私は、ただの奴隷だ。



「わたくしを拘束して、囮にしろ」

「……何?」

「アイツは私を必ず“回収”しに来るんだ。その瞬間だけは、本物が出て来る」



 回収の時だけ直接戦う。

 それ以外は、似姿に戦わせる。


 魔女は、あくまで飼い主に過ぎない。

 使役獣たち――私たちの傲慢で不遜な主人。



「その時だけ、隙がある。そこを突いて殺せ」



 二重になる景色。

 二重に考える私。

魔女を殺す為には、隙が必要だ。

彼女を死に追いやる、決定的な隙が。


 だが、私はただの奴隷。

 奴隷の為に、魔女は隙を作らない。


 そう考えた瞬間。

 私は――“俺”に戻る。

シルフィから、桐矢夕へ。



【ごめんね】



 空中に浮かぶ、ディノー。

 鉱石の光を背後に浴び、金色の瞳が輝く。



【我らはずっと誰かが望んだ似姿だった。だから、分からないんだ――愛し方なんて】



 俺を見ているようで、見ていないような。

 そんな曖昧な視線を送ってくる。



【我らは、自らの繋がりに、あのむすめを引き入れた。だから見ている物を共有できる。けれど……我らは彼女を――見て



 金色の瞳が捉える。

 俺の後ろにいる、彼女の姿を。

白い髪を靡かせる――魔女の姿を。



「そうだろう……エニュール。いや、私――?」



 竜の魔女――エニュール・ディノー・グライア。

 彼女が眉を顰め、赤い瞳を開き、牙を剥く。



「お前――そこまで辿り着きやがったか」

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