第78話 愛おしい娘。その願い。


 光る、巨人の瞳。

 巨体が滑り転がる音。

次に“射出”される――黒犬ブラックハウンド


 広い空間に、ヤツが滑り出てきた。



「今だッ! ――カプラ!」



 俺の合図。

 それを聞いて、カプラはこちらを見る。

障壁をぶつかり合わせながら――

その空中で、ハテナが浮かびそうな顔を向ける。


 当然だ。何の打ち合わせもしていない。

 だから、カプラに分かるはずもない。

合図の意味、それに戦略の詳細。


 それでも、カプラならやれる。

 彼女になら――伝わる。



「障壁を切れッ!」



 俺が叫ぶ。

 その声に、カプラがハッとする。

それから、彼女は“数値変換”のスキルを切る。

障壁を切る。


 その瞬間を、巨人サイクロプスは待っていた。



「この……」



 口の端を歪めている、巨人。

 その表情は、まるで人間。

それを見て、カプラが肩を震わせる。



「コイツ……笑って……」



 そう呟き、顔を歪める。

 表情が恐怖一色に染まる。

けれど、彼女の身体は違う。


 カプラの足が、巨人の障壁の上を走る。

 その髪が、風にはためき、銀色に輝く。



『ガ……ァ……ウ……』



 障壁を消させる、巨人。

 カプラと巨人の間に、もう壁は無い。


 カプラの背後には、黒犬が飛んでくる。

 “声”の為に、大きく行われる呼吸の音。

黒犬の声のスキルが、今にも発動する。


 カプラが、敵に挟まれていた。

 そこで大きな声が聞こえた。


 黒犬の声が向けられていた。

 “威圧”の為の声が――カプラにだけ向く。

彼女の動きを、完全に封じるつもりだ。



【Eスキル:劫火フォティア、発動】



 俺はスキルを発動。

 空中の黒犬を狙い撃ちにする。

けれど――



「……ッ」



 その“劫火”は反射されて、俺に返る。

 急遽、俺は地面を転がって、回避。



「よし――これで、黒犬の“声”は防いだ」



 そう呟き、俺は駆ける。

 宙に跳び、舞う美少女へと。



「カプラ……頼む――ッ!」



 俺は手を伸ばす。

 そこでさらに“発動”。



【Eスキル:旋風、発動】



 スキルで“旋風”をセットする。

 その風に自身を乗せ、飛び上がる。

俺は――舞い上がる。



「お……おわわ……ッ!?」



 バランスを崩し、不格好な恰好で飛ぶ。

 何度か、やったはずなのに、肝心な所で“やった”。

その失敗のせいで、ポケットから何かが飛び出す。


 ズボンのポケットから、手帳が落ちて、舞う。



「ちょ……こっちに……来い……ッ」



 伸ばした手を、今度は手帳へと向ける。

 その先で、当の手帳はパラパラと風にページを捲られ――

一つのページを俺に示した。


 二匹のドラゴンの絵。

 一匹は白、もう一匹は黒く塗り潰されている。

その下に、ちらりと一文。



『どうか“私”を見て。あの愛おしい町娘みたいに、好いて』



 その文字だけ、今までのと違う。

 書き殴られたような荒い字。

そんな風に見えた。


 けれど、一瞬だった。もう分からない。



 ――『“愛おしい娘”……って』



 手帳は旋風の軌道から、横へと逸れた。

 そのまま、下へと落ちていく。

だから、もう分からない。


 それに今は――それどころじゃない。



「……来るかッ!」



 台詞の後だ。

 紫の閃光が放たれた。

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