第74話 彼女には、死んでもらう。


 扉に入ったヒビから、光が淡く差す。

 七色の光が、俺達を容赦なく照らす。



彼女シルフィの役割は、犠牲者を森の奥深くに誘う事。その者の心の内を探って、その者を深く知って、それを魔女に伝える事」


 

 壊滅したパーティに何が起こったのか。

 最初に、なぜ魔女討伐なんてクエストをやろうと思ったのか。

その裏にはきっと――シルフィがいたのだ。


 彼らは、命懸けで森に入った。

 その後、仲間を一人失ったにも関わらず、再侵入を決意した。


 ラトゥア男爵の思惑。

 そんな事の為に、そこまでするとは思えない。


 人は、身近な誰かの感情によって、動かされる。

 誰かの笑顔の為に――命を懸ける。



 ――『わたくしを使って勝てばいい』



 俺はディノーの見せた幻覚を思い出す。

 あの時のシルフィは、どういう顔をしていたか。



「彼女が見る事によって、犠牲者は“変質”する」



 カプラは足を止めて、肩を震わせる。

 驚いたからか、おぞましさに震えたか。

それとも――怒りを覚えたのか。


 その金色の瞳がゆっくりと上がる。



「でも、あんなに……」

「分かるよ。シルフィは魔女を憎んでたし、仲間の死を悼んでいた」

「まさか、アレも嘘だった……っての?」



 シルフィ。

 あの美少女はこう言っていた。



 ――『嘘吐きだから』



 彼女は自らをそう罵った。

 そうやって、自分へと言い聞かせていた。

キスをした、その口で。

怒ったり、笑ったり、悲しんだりした口で。



「もちろん。アレだって……嘘じゃないさ」



 俺はカプラの前へと歩く。

 カプラを追い越して、自分の顔を隠す。

今、自分がどんな顔をしているのか。

それを知りたくなかった。



「アイツは――“人間”だ。けれど……」

「けれど、裏切り者……」



 カプラが強い言葉を使う。

 彼女らしくない言葉遣いだ。


 魔女が纏っていた――二重の障壁。

 二重に掛けられた“数値変換メタトロフィス”。

あのスキルは、他者に障壁を付与出来るという性質がある。


 あの時、障壁を付与していた術者が二人いた。


 俺は口に出していく。

 ゆっくりと、事実だけを並べる。



「魔女との戦いでも、シルフィは魔女に味方していた」

「……」

「“数値変換メタトロフィス”で障壁を、魔女に掛けていた。だから、ヤツは二重に守られていた」



 スキルはスキルレベルによって成長する。

 カプラは触れられなければ、他者に障壁を付与できない。


 でも、カプラの数値変換のスキルレベルは1。

 それ以上のスキルレベルの数値変換なら――遠隔でやれるかもしれない。



 ――『Cスキル発動を検知。分魂ネウマ



 でも――何故だ。

 敵であって騙そうとしたなら、何故――



「――シルフィはカプラを助けようとした」

「……っ」

「あれは、何故だったんだろうな……」



 彼女はカプラを回復させた。

 自分のライフを削ってまで。


 記憶の中、焚き火の前、彼女の手を思い出す。

 土で汚れた、その白い手を思い出す。


 壊滅したパーティの為にシルフィは墓を掘った。

 手を汚してまで必死に。



「それで……どうするのよ?」



 カプラが聞く。

 俺の答えを待っている。

その答え次第で、彼女は選択する。

どの感情を優先するべきか。


 シルフィが魔女の手先だったなら。

 つまり明確に、カプラの敵という事だ。

ルカを殺させた魔女――その味方だったのなら。


 その時、カプラはどうするのか。

 ――シルフィを殺すのか。



「とにかく行くぞ、彼女の元へ」

「ちょっと……」



 シルフィと対峙して、俺はどうするのか。

 答えを決めなければいけない。



 ――『ごめんね』



 人は誰かの笑顔の為に、命を懸ける。

 鉱石に映る顔を見て――俺は言う。

その“向こう”へと宣言する。



「殺しに行くぞ――“魔女”は一人として残さない」



 魔女としての彼女。

 そいつには死んでもらう。

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