第75話 勝利に繋ぐ一手。


 扉のヒビから差す、仄かな光。

 それが俺達を照らし出す。

鉱石の妖しい光から、守るように。



「殺しに行くぞ――“魔女”は一人として残さない」



 キメ台詞。

 俺のそれを聞いて、カプラは黙る。

少しだけ間を開けて、そして一言。



「……そうね」



 カプラを振り返る。

 その表情を見る。

伏せたられ金色の瞳、それの向く先は土の中。

埋められた死体を探すような視線。


 感情の籠った眼光が、ゆっくりとまた上がる。


 その瞬間――轟音。



「……夕……また――ッ!」



 またしても、轟音だ。

 カプラの背後――扉を音が震わせる。

悪い予感に、俺は身震いする。

これを聞いた時は、いつも良くない事が起こる。


 この轟音を俺は知っている。



「ブラックハウンド……」



 音によって、扉に入ったヒビが広がる。

 急速に、扉が割れる――裂ける。



「カプラ……長剣をしまえ」

「……へ――?」



 間の抜けた返事。

 さっきまでが嘘みたいに、困惑だけを映す顔。

感情を揺さぶられて、時として過激になる。


 でも、本質は変わらない。

 カプラは、こういう娘なのだ。



「戦うんじゃないの……迎え撃つんじゃ?」



 俺は少し笑って、剣を逆手に持ち替える。

 それで腕とぴったり付ける。

この方が良いだろう。


 この方が――運びやすい。



「走るぞ」



 試したい事がある。


 俺の戦い方は限られていた。

 真正面から敵を迎え撃つばかり。

それも立派に戦法だ。

けれど、それだけでは勝てない相手もいる。


 隠れる、逃げる――騙す。

 そういう時にしか使えない“スキル”もある。



「試したいんだ――新しい攻略法を」



 カプラの瞳が俺を見る。

 視線が絡む。

その後、彼女の背後で――扉が砕け散る。


 衝撃波。揺れる銀髪。

 透明な破片が飛ぶ中――白い手が伸びる。

長剣を背中にしまって空いた、その手。


 カプラの右手が――



「そう言えば、盾は……?」

「置いてきたわよ? 扉の前に」



 状況にそぐわない、呑気な会話。


 それを吠え声が掻き消す。

 黒犬の声の圧に、押される。

威圧される。


 スキル“魂縛ファイドン”によって、拘束したはずの猟犬に。



「こいつ、“魂縛ファイドン”の鎖を破ったのか……? いや――」



 あの声。

 アレには、まだ何かある。

あの声には、何度か、スキルの発動を阻害された。


 それは、集中力を掻き消されたからだと思っていた。

 そう思い込んでいた。

しかし、それだけでは無かった。


 あの声はスキルによるモノ。

 声のスキルの効果は、相手の動きを封じる事。

それともう一つ――



「――スキル自体の無効化か」



 いくら、そんな効果があろうとも。

 ディノーのスキルは特別だ。


 一度、声を上げる程度では“魂縛ファイドン”は破れない。

 一度、掛けた程度では、無効化し切れない。


 だから、恐らく、ヤツは何度もやったのだろう。

 何度も、その無効化スキルを重ねてかける事で――ディノーのスキルを打ち破った。


 きっと小声でも、そのスキル効果は発動する。

 俺たちは扉から入る時、話に夢中だった。

黒犬の小さな鳴き声に、気付かなかった。



「いくつ“手”を持ってるんだ――この黒犬」



 “反射”、“威圧”、“無効化”、“蜃気楼”――

 そして、“数値変換”。


 俺は、それを笑う。

 大きく――笑い飛ばす。

そうする事で、自信を見せた。

彼女に。



「行くぞ」



 俺は、カプラの手を取る。



「……全力マラソンの時間だ」

「へ!?」

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