第73話 羊娘と殺意の刃。


 黒い犬のうめく声。

 小さな鳴き声を背後にして。


 扉から入り、小声で俺達は話す。

 動きを封じたとは言え、敵が近くにいる状況。

だから、手短に話す。


 自分の能力、これまでの手がかり。

 そこから導かれる推論を。


 それに、少しだけの作戦を。

 


「信じられない……わよ。そんな事」

「けれど、真実だ……多分」



 カプラが緊張の余り、瞬きを沢山しまくる。

 こいつ、“こういうの”に向いていないのか。



「落ち着け。落ち着いてから――“お話”を続けるぞ……な?」



 俺達は、“鉱石城”の中へと入っていく。

 話をしながらも、警戒しつつ。

長剣の刃を決して下に向けず、上向きに構えて。


 黒犬にかかった鎖にも、気を配りながら。

 持続時間はかなり長く、どうやら耐久値のあるタイプの罠スキル。

それなりに丈夫なようだが……


 少し、急ぐべきだろう。



「お……――よし」



 背後で、ヒビの入った扉が閉まる。

 そこで安堵したカプラが、こちらを向く。

汗を垂らしながら、口を引き攣らせて。



「まさか……シルフィが“魔女の似姿レプリカ”だって事――むぐ」



 あっさりと暴露。

 いくら何でも、安堵しすぎ――とばかり。


 俺はカプラの口を両手で封じる。

 背伸びして、必死な仕草で。

その手を、カプラが軽く取り払う。


 強くなったな、カプラ。

 いや、俺が疲れ始めているのか……?



「……何すんのよ」

「聞かれていたら、どうするんだよ?」

「えっと……誰に……?」

「はあ……まあ遅いか」



 俺は周りを見回す。

 その周りには、仄かに光る鉱石。

床も壁も天井も――エーテル鉱石だらけ。

“媒介”だらけ。



 ――『魔女は、いつでも見ている』



 手帳には、そう書いてあった。 

 そこでカプラの言葉を思い出してみる。

森の中、壊滅パーティの襲撃前に、カプラが言っていた“仕様”について。



 ――『攻撃系の詠唱スキルは相手を見ないと――効果が十分にならない』



 魔女の使う“変質”や“洗脳”のスキル。

 それには、十分な効果が不可欠なはずだ。


 不十分な洗脳なんて、脅威にならないから。

 簡単に解かれてしまう洗脳。

そんなモノでは意味がないのだ。


 だから、必要なはずだ。

 魔女に代わって見てくれる、代わりの瞳が。

その瞳が魔女に代わって、敵を見て、その性質を調べる。

それから――完璧なスキルを仕掛ける。


 魔女の代わりの瞳。

 それは時として、モンスターの瞳。

時として――似姿レプリカの瞳だった。



「シルフィの正体は――魔女の似姿レプリカだ。そうとも」



 “変質”を完璧にする為には、誰かが見ていないといけない。

 誰かが傍にいて、知っておかないといけない。

魔女に代わって――その犠牲者を知る。


 犠牲者に寄り添い、共に戦う。

 完全に、絶望させる為に。



「シルフィ――彼女の役割は、犠牲者を森の奥深くに誘う事。その者の心の内を探って、その者を深く知って、それを魔女に伝える事」



 壊滅したパーティに何が起こったのか。

 最初に、なぜ魔女討伐なんてクエストをやろうと思ったのか。

全ての裏にいるのは、きっと――



彼女シルフィが見る事によって、犠牲者は“変質”する」



 カプラが立ち止まる。

 その長剣の刃が、鉱石の光を反射している。

兄を殺された美少女は、金色の瞳をゆっくりと上げた。


 シルフィが魔女の手先だったなら。

 その時、カプラは――

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