第71話 見ているね?


「どぉおおおおおりゃあああああああああ!!!」



 カプラの盾を踏んで、俺は跳ぶ。

 跳び上がる。

その勢いのまま、急接近。


 これでケルベロスの急所を狙える位置。

 首に刃が届く位置。

本当の戦いは――駆け引きは、ここからだ。

俺は剣を回し、逆手にして上げる。


 3つの頭の内、俺は、一番右の頭の首を狙う。

 なのに、の頭のみが避ける。

吠え声がパタリと止まる。



「……なるほどな」



 これでハッキリとした。

 3つの頭の内、そいつとはやたらに目が合った。

スキルの発動だかも、その頭が主導していた。

吠え声により、相手の動きを封じる力。


 その音圧により、スキル発動さえも封じる能力スキル

 機械音声による通知は無かった。

だが、間違いなく、そういうスキルを持っている。


 このケルベロスは――いや……。



「お前――」



 ケルベロスの持つ音圧のスキル。

 それは――何だか

そのスキルは、3つの頭を持つ怪物に相応しくない。


 だって、そうだろう。

 3つも頭があるのに、その内の一つが騒音持ちだなんて。

うるさくて、かなわない――他の2つの頭が。


 獣耳で蓋を閉じた程度では、ダメだ。

 そんな対策で、騒音攻撃を防げるとも思えない。

そのフレンドリーファイアは、必ず2つの頭を直撃してしまう。


 つまり、アレは――



「――幻覚だな?」



 この怪物は、ケルベロスではない。

 そう見せかける幻覚――幻術を持った怪物。

一頭の黒犬ブラック・ハウンド

こいつが持つ、必殺のスキル。

本当の切り札は、“音圧”や“反射”のスキルではない。


 ――“蜃気楼パンタズマ”だ。


 手帳には一文が書いてあった。

 見開きにして、その隣のページには絵が一つ。

扉の絵と、その前で牙を剥く――猟犬の絵。

その頭は一つだけ。



「本物の頭は――左だけ」



 その言葉に、黒犬が後退りする。


 コイツは急所を狙わせまいと。

 その幻覚を作り出していた。

3つも首があれば、混乱するだろうと。


 サイクロプスを殺した時、魔女はそう学習した。

 あの時、俺が首を狙ったのを見たから。

安直にもそう対策した。

そう言う処置を、この黒犬に施したのだ

魔女が。



「フッ……そうか」



 首を狙われるから、ただ首を増やすなんて。

 安直にも程がある策だ。

あの魔女――案外、対人戦PvPに不慣れなのか?

そういった策に対して、慣れていないのだろうか。


 そう言えば焚き火の所にいた、“壊滅パーティ”も洗脳で倒していた。

 アレは……――



「直接の戦闘を避けたかったんだな……」



 穴に落ちた後の魔女戦。

 あの時は、似姿相手だったが。

それでも、何度も隙があった。

殺されかけた瞬間があった。


 その度に、あの魔女は“防御策”に救われていた所がある。


 いや、策とも言えない。

 己の“性能スペック”だけに――救われていた。

だとすれば、やりようがあるかもしれない。



「【全く……賢さを装ってもアレは所詮、バカな“私”のままだね】」



 ディノーの声。

 それがやたらと、近くに聞こえる。

まるで自分の声の様に。



「私……?」

『そう。あの娘も私。私は、あの娘の“似姿レプリカ”なんだから」



 一人芝居に感じる会話。

 何が何だか分からない。


 俺は頭を振って、着地。

 踏み潰そうとする前足を二つ避ける。

取り合えず、本能的に戦い続ける。



「あの娘と同じように、私も――魔女」



 ディノーはそう言って、長剣を黒犬に当てる。

 白い稲妻が飛んで、刃が弾かれる。

障壁に弾かれる。

その現象を当たり前とばかりに、“俺”が笑い飛ばす。


 違う――俺じゃない。



「やはり“数値変換メタトロフィス”――見ているね……お前?」



 髪が白く染まり、金色の瞳で扉の鉱石を睨む。

 俺の身体を借りた、ディノーが。



 

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