第69話 追憶の幻覚。


【やめておけ】



 鎖の音。

 美声が聞こえる。

白い姿が見える。

風に乗り、飛ぶ俺の前に立っている。


 “旋風”が吹く、その中に彼女が立っていた。



「――ディノー……ッ!」



 俺はディノーを反射的に避ける。

 スキルが起こした風の範囲から、転がり出る。


 直後、炎が噴き付ける。

 俺の飛んでいた位置を焼く。

その炎は、“劫火フォティア”により発生したモノ。

敵に噴き付けたはずのモノ。


 その炎が、俺の元に戻ってきた。



「……“反射”か」



 ケルベロスのスキル能力。

 その一つは恐らく、敵の攻撃の反射だ。

敵から受けた攻撃の効果を、そのまま跳ね返す。


 このスキル効果――

 魔法攻撃と物理攻撃、どちらかのみに対しての反射か?

それとも両方だろうか?

どちらにせよ、厄介に変わりない。



【手を貸してやろうか?】



 ディノーが横から手を差し伸べてくる。

 いつの間にか、俺の横へと移動している。

いや、幻影だから――出現か。


 俺はディノーの手を払う。



「……いらない」



 ディノーへと確かに触れた。

 そんな感覚のした一瞬。

城の鉱石が一段と輝き、目の前の視界が揺らぐ。

何かが景色に重なる。



『もう十分。アロイスも殺されて……もう十分よ』

『そんな訳ないだろうが。魔女は生きてて、仲間が死んで……そんなの――』

『納得いかないって? でも、無駄よ。勝算が無い』



 一瞬、重なった幻覚。

 森の中、焚き火を囲む、4人の冒険者の姿。

その内の1人には見覚えがあった。


 そいつが声を上げる。



『――勝算ならあるじゃねえかよ、ここに』

『……何だって?』

『わたくしがいる――だから、使って勝てばいい』



 金髪の女司祭――シルフィ。

 彼女がまばたきして、声を吐く。



『わたくしの正体は――』



 幻覚が消えて――俺は飛ぶ。

 飛んできた瓦礫に当たって、飛ばされた。

カプラが飛ばした瓦礫。



「ぼーっとしてないで!」



 俺はハッとして、周りを見る。

 すぐ傍の地面が焦げ、異臭がする。

ケルベロスが反射した“劫火”だ。


 その炎に、ヤツは回避後の俺を追わせた。

 そういう事らしい。


 カプラが瓦礫を俺にぶつけなければ。

 俺は焼け死んでいた――周りと一緒に。


 周りと一緒……。

 そう言えば、"圧"に飛ばされたモノが周りに……他にもあったような。



「……手帳は?」

「そんな事、気にしてる場合!?」



 声を荒げる、カプラ。

 それを、ケルベロスが前足で潰そうとする。



【Eスキル:引力ヴァリタス、発動】



 カプラを持った長剣ごと、こちらに引き寄せる。

 前足攻撃から回避させる。

そして、ある程度、引き寄せたら――



【――発動阻害】



 俺は、わざと集中を切った。

 意識的に気を散らして、スキル効果を途中で切る。

そうする事で、ちょうどいいそばでカプラを止めた。


 それと、もう一つ。



「良かった。まだあったか」



 長剣を左手に持ち替えて。

 引き寄せられたアイテムを取る。

手帳を、右手でキャッチ。


 表紙は焼けている。

 中身もいくつか焼けたかも。


 そんな手帳を開いて、俺は笑う。



「それにまだ――使える」 



 俺は笑う。

 身体の内に“力”を感じて。



【スキルLvが上がりました――】

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