第68話 【やめておけ】


 轟音。声にも聞こえる音が轟く。

 後ろからの攻撃――その音だろうか。

巨大な影が――突撃。


 手帳が何かの“圧”に飛ばされる。



「いつの間に……ッ!」



 俺とカプラがそれぞれ跳ぶ。

 それぞれ逆方向に跳んで、敵の突進を避ける。

その“犬”の突進を――避けた。


 3つの頭を持った、巨大な黒い犬の突進。

 それは勢い余り、水晶の扉にぶつかり止まる。

扉はヒビが入るも開かない。


 犬の方は3つの頭を起こす。

 こちらは、3つとも何のダメージも無さそうだ。



「番犬……ケルベロスか」



 その番犬――ケルベロスが巨体を起こす。

 それで、カプラの方を3つの頭が向く。

6つの赤い瞳で、一斉に見る。



「扉……開けられないの……?」



 冷や汗を垂らし、しかし冷静な声で、カプラはそう言う。


 次に彼女は、少しずつ後退りする。

 ケルベロスと目を合わせたままに、後ろへと。

俺は駆け寄ろうとする。

大声を出して、注意を引く。



「おい――ッ!」



 番犬ケルベロスの3つの頭、その一つが俺の方へと向く。

 その一つ、一番左の頭。

それが俺を振り向いて、口を大きく開く。

番犬の他の頭は、尖った耳で聴覚に蓋をする。


 直後、あの轟音。

 耳を貫く、吠え声。

その凄まじい音圧で、空気が波立つ。



「……ッ」



 俺は耳を押さえる。

 それは一種の音響兵器だ。


 音圧に押される。

 気を抜いたら飛ばされそうだ。


 長剣を投げられる隙は、もちろん無い。

 それどころか、スキルの発動さえ出来ない。

集中力が“阻害”されている。


 けれど――動けはする。

 すり足で少しずつ、移動できる。

手帳へと――移動できる。


 その横、始まる突進。



 「グルルルル――ッ」



 ダメだ。

 ケルベロスが、またも突進し始めた。

カプラに向かって駆けている。

ヤツの方が速い。



「……仕方ないわね」



 カプラが地面を蹴る。

 “数値変換メタトロフィス”で得たSTRで、思いっ切りに。


 その衝撃で、脆い地面に亀裂が入る。

 衝撃で、一部は斜めになり、一部が隆起する。

ケルベロスの載った地面が浮く。


 そして番犬が怯む、一瞬。

 その刹那、吠え声が止んだ。



【Eスキル:劫火フォティア、発動】



 スキルを発動させる。

 ヤツに炎を噴き付ける。

噴き付けながら、全力で走る。


 敵は、その場で動かなくなった。

 ダメージは確実に入っている。


 その番犬の背後で、輝きを増す“城”の鉱石。

 仄かに白い光の反射を見せる、番犬の巨体


 確実な勝機が、こちらにある状況。

 なのに――何だ、この違和感は。

番犬の瞳が冷静に、俺を見返している。



【Eスキル:旋風、発動――】



 スキルで風を発生する。

 その風に乗り、敵を長剣で斬るだけ。

あとはそれだけ。


 勝ちを決めに行こうとした時――

 その追い風へと乗った時――

その時、鎖の音がした。



【やめておけ】



 

 



 

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