第67話 似姿――レプリカ。


「後で迎えに来るからね、お兄ちゃん」



 呟いて、踵を返し、カプラは前へと歩く。

 その後ろで、俺は魔女だった死体に向き合う。

死体に刺さった長剣に、両手を掛ける。

ルカの長剣を引き抜く。



「安心して……下さい。俺が必ず――継ぎます」



 今まで使っていたカプラの長剣を振り返って見る。

 それから、ルカの死体に頭を下げる。

右手に彼の長剣を持ったままに。

その重みを確かに感じて。



「……行くよ」



 カプラの声で頭を上げ、また振り返る。

 すると、彼女と目が合う。

いつの間にか、足を止めていたらしい。

それでずっと見ていたのか。


 自分の長剣を拾い上げる、カプラ。

 彼女の顔は、少し穏やかに見えた。



「ああ……うん。急ぐか」



 気恥ずかしさを感じて、俺は走る。

 彼女の前へと走り出る。



「走ると危ないわよ」

「子供扱いするな」



 洞窟を、水晶の城に向かって降りていく。

 その水晶の仄かな光を頼りに、ゆっくりと。


 断じて、カプラの助言に従った訳ではない。

 シルフィを助ける為には、出来るだけ急ぐべきだ。

けれど、警戒は怠るべきじゃない。



「ふー……っ」



 緊張で昂る神経を鎮めようと、息を吐く。


 ここは、初めて、足を踏み入れるダンジョンだ。

 どこから敵が出て来るか。

城の“門番”みたいな奴だって、いるかもしれない。


 今、この視界では敵の接近に気付きにくい。

 水晶の光だけでは、灯りとして十分じゃない。



「……というか、なんで光ってるんだ、この水晶」

「水晶じゃなくて、エーテル鉱石よ」

「エーテル鉱石……?」

「そう。魔力を中に蓄える性質があるの。光ってるのは、その魔力のせい」



 エーテル鉱石。

 魔力を蓄える性質のある石。

何かに使えるか。

きっと、魔女のいる場所にもあるはずだ。



「たまに……回復薬の材料になったりもするわ。時たまに、“媒介”の役割も果たすから」

「……へえ」



 いつも通りのテンションでの会話。

 俺達は、それを試みている。

呑気なテンション。

それを取り戻そうとしていた。


 そんな事をしている状況じゃないのかもしれない。

 けれど、これも必要な事だ。


 シルフィを助ける事。

 魔女を倒す事。

ルカの復讐を果たす事。

そういう事だけに、“支配”されたらいけない。

 


「……着いた」



 カプラがそう呟く。

 彼女の顔が鉱石の光で照らされる。

その真顔が。



「ここか……」



 カプラと話している内に、着いたらしい。

 城の手前、その入り口に辿り着いた。


 青い光を放つ、大きな扉。

 細かな彫刻がびっしりと掘られた扉。

たくさんの人や獣が、お互いに喰い合っている。

そんな地獄絵図が彫られている、扉。



「趣味悪すぎんだろ」



 エーテル鉱石の城に近付いた。

 そのお陰で、さっきよりは明るくなった。

これなら、“読書”にも差し障りはないだろう。

俺は手帳を取り出して、開く。



「で、どうやって開けるの? この扉」

「なんで、俺に聞く」

「……その手帳に書いてあるんでしょ」

「さーてね」



 カプラに向かって首を振る。

 次に、手帳をパラパラと捲る。

 数ページにわたる地図、それに幾つかの長文、散文。

日付けが上に書いてある事から、長文は日記の類。


 その日記の一文が、目に留まる。



『つまり私は――魔女の“似姿レプリカ”を捕らえたのだ』



 直後、轟音。

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