第62話 ごめんね。


「こいつは貰っていくよ」



 壁の目に気を取られた、その一瞬。

 魔女がシルフィの肩を掴む。

背後から、長く赤い爪を食い込ませる。



「さっきの一撃は痛かったから……ねえ?」



 背を震わせるシルフィ。

 彼女はゆっくりと後ろを振り向き、魔女と目を合わせる。

瞬きして、赤くなった、その目が怪しく光る。



「お仕置きしなくっちゃ、ね」



 シルフィが長剣を取り落とす。

 恐怖のせいか、緊張のせいか――非力のせいか。

彼女は、手に持っていた武器を落とした。

まずい。最悪だ。


 俺は走る。

 再び、走り始める。

必死に頭を回しながら、駆ける。



【Lv.1引力ヴァリタス冷却時間クールタイム、残り7秒】



 今、俺は武器を持っていない。

 “引力ヴァリタス”の冷却時間も終わっていない。

武器を、この手に引き寄せる事も出来ない。

少なくとも、あと7秒は出来ない。


 それでも戦うしかない。

 武器が無くてもやるしかない。


 あと、俺に使える武器は――



「ふざけるな」



 銀色の髪を振り乱し、“盾”を振る美少女。

 その声に反応して、壁の目が一斉に彼女を見る。



「私のお兄ちゃんを殺して」



 ゆらり、傾いて立つ。

 カプラが立って、金色の瞳を見開く。



「ただで済むと思うなよ」



 銀色の弾丸のように。

 羊の様な美少女が駆ける。

俺よりも速く走り、牙を剥いて――魔女の間近に。



「――残念ね」



 そう言って、魔女が杖で地面を打つ。

 それに呼応し、床が波打つ。



【スキル発動を検知】



 こいつ――

 “変質”や“洗脳”だけじゃないのか。

この魔女は、他者を操って戦わせるだけの敵じゃない。

他にも、“攻撃手段スキル”がある。


 ヤツは、カプラが近付くのを待っていた。



【Eスキル:白光イクリクス



 それは俺が初めて使った、Eスキル。

 強奪したドラゴンのスキル。

同じスキルを、魔女が持っているなんて。


 あの一撃を食らったら、一溜まりもない。



「間に合え……間に合えッ!」



 俺は走り、右手を伸ばす。

 残り3秒。冷却完了まで、あと3秒。

あと3秒で――引き寄せられる。


 スキルの有効射程にさえ入れば……



「カプラ……――ごめんね」



 そう言ってシルフィは、涙を流して――

 左手を伸ばす。

その手から黒い霧が出て、カプラを包む。



【Cスキル発動を検知。分魂ネウマ



 ハッとするカプラ。

 その彼女を、シルフィが蹴り飛ばした。



「今だ――拾えッ!」



 蹴られ、カプラが“引力ヴァリタス”の有効射程に入る。

 即時、俺はスキルを発動する。

冷却時間もちょうど終わった所。



【Eスキル:引力ヴァリタス、発動】



 あとは、上手く使うだけだ。

 上手く、この窮地を脱する。

シルフィの微笑む顔が見える。


 俺は――最期まで諦めない。

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