第60話 選択の天秤。


 全てがスローモーションに見えた。


 斬りかかる、ルカの形をした者。

 その動きに対して、カプラが反射的に動く。

長剣の刃を、持った盾で受け止めようとする。


 そして、受け止めた。



「やっと……あ……え――」



 盾の上で、その“ルカ”の刃を受け止めてから。

 それから、カプラが自分の血で足を滑らせる。

何もかもが一瞬の出来事だった。


 足を滑らせて、それから、ルカへと倒れるようにして止まるカプラ。

 彼女は、盾をルカに押し付けて――止まった。



「あ……」



 カプラは、ルカの長剣の両刃を盾で受け止めた。

 その刃を――盾ごとルカの"形"に押し付けた。

その刃が――ルカの脇腹の肉を刺していた。


 黒い液体が、川のように流れ落ちる。

 赤色ではない、黒い体液。

それがカプラの血と混じり合って、石の地面に広がる。



「あ……あぁ……あ……私……お兄ちゃん……を」



 カプラが口から音を漏らす。

 意味の無い、うわ言みたいな音。

広がる、ルカの血液。


 俺は走る。

 カプラに向かって走る。

やけに足音を反響させ、石の床を蹴って駆ける。

魔女が笑っているのが見えたから。



「いいわね。凄く、イイッ!」



 自分を抱き締め、悶える魔女。

 くるくると、その場で回る。

楽しげに邪悪な笑みを深める。

間違いない。


 その一連は、勝利を確信した仕草だ。



「もうすぐ、あなたも“変質”させられる――みんなみたいにね」



 魔女の台詞。

 その中の一つの単語――変質。



 ――『スキルを――“変質”させられた』



 シルフィは、そんな事を言っていた。

 魔女はスキルを変質させられる。

そんな最強のスキルを持っている。


 それなら、何故だ。

 何故、“最初”から使わなかったのか。

それは多分、使えなかったからだ。


 使う事が出来なかった。

 スキルの“使用条件”を満たしていなかったから。

精神に作用するスキルの使用条件。

それは例えば――絶望。



「ダメだ……カプラ――ッ!」



 俺はカプラに駆け寄る。

 それに対して、魔女が杖を掲げる。

カプラに寄る善意を邪魔しようとする。



「……ッ」



 その前に、魔女の前に美少女が立ち塞がる。

 金髪の女司祭にして、美少女。

シルフィが立ちはだかる。

そして、黙って首を横に振る。



「お前……――」



 呟く魔女。

 ナイフを拾い上げる、シルフィ。

俺はそれを見て、立ち止まる。


 “旋風”も“引力”も、冷却時間がまだ残っている。



【Eスキル:戦闘補助、効果終了】



 頼みの綱のスキルも今、効果切れになった。

 こちらも冷却時間を待たないと使えない。


 発狂寸前のカプラ。

 魔女の前に立ったシルフィ。


 二人が天秤の上に乗っている。

 どちらに駆け寄るか、どちらを助けるか。

その選択は――俺次第だった。

だから――



「俺は――」


 



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