第56話 【我らの敵を滅せよ】


 紫の光。

 崩れる岩、広がる穴。

投げられる、長剣。


 カプラが投げた長剣。



「夕――ッ!」



 それから、手を伸ばす、カプラ。

 けれど、その手は届かない。


 俺は、その手を取り損なった。

 伸ばしたのに、届かなかった。

だから、落ちていく。


 俺は独り、穴の中に落ちていく。

 このまま行けば、穴の底に激突だ。

迫る、水の音。



【Eスキル――】



 両腕を広げ、背後に集中する。

 背後の穴の底へと、翼を広げる様に。



【――旋風、発動】



 スキル“旋風”。

 任意の場所に、風を発生させる能力。

自分の好きな場所に、旋風を発生させられる。


 その使い方は、自分を飛ばすだけに限らない。

 例えば、落下地点に“風”をセットする。

上向きの風を置くことで、衝撃を和らげる。


 着地の衝撃を吸収する。



「……ッ」



 暗闇の中、俺は風の上に降り立つ。

 それから、脇へとれる。

風の上から降りて――着水する。



「つめた……水かよ」



 穴の底には、地底湖があった。

 黒い水で満たされた、暗き湖。

水の音は、ここからか。


 水があるなら、“旋風”は必要なかったか。

 いや、水は衝撃に対して万能じゃない。

あまりに高さがあり過ぎると、水はクッションにならない。

それは知っている。


 俺は長剣を拾う。

 それから、黒い水をかいて、湖の縁まで泳ぐ。

犬かきで泳いでいく。

水泳は得意じゃないのだ。


 前回、“落ちた”時も上手く泳げなかった。



「……そう言えば、前は“白光”で何とかしたっけ」



 そう呟いて、湖の岸から俺は上がる。

 水から上がり、長剣を置き、上を見る。

暗闇を見上げる。



「カプラとシルフィ、大丈夫かな」



 その独り言が、こだまする。

 一人っきりになるのは、久しぶりだ。

そんな感覚がしている、その胸に手を置く。



【他人の心配をしている場合か】



 機械音声に代わり、聞こえる肉声。

 ディノーの声か。

そう思い、声のを向く。

俺の前、300メートルほどの向こう。



「貴様は、敵の“居城”にいる」



 黒いローブ、深く被ったフード、そこからはみ出た銀色の三つ編み、赤く長い爪。

 小さな頭蓋骨が先端に付いた、銀色の杖。

その女にローブの下から繋がる、何本もの、黒い鎖。


 違う。

 こいつは、ディノーじゃない。



「まずは自分の心配じゃない? ねえ、“我らの敵”」



 顔は見えない。

 被ったフードのせいで分からない。

見たところで判別できないだろうが。


 間違いない。



魔女わたしの前で――死なない事を願いなよ。ねえ?」



 こいつが――魔女。

 冗談じゃない。

今の俺は一人っきりだ。


 その目の前に、ラスボスを出すヤツがあるか。



「まだ、ダンジョン入り口だろうが……このクソゲーめ」



 魔女は裸足を一歩、踏み出す。

 強い一歩に、石の床に小さなヒビが入る。

そして、銀色の杖を掲げる。



「“奴隷”よ。魂の絆、その鎖をりて命ず」



 その台詞が合図だ。

 それで、彼女の背後から敵が現れる。

緑色の巨体、紫色の単眼、人が一人分と同等の大槌おおづち


 一つ目の巨人、サイクロプスが出現する。



我らの敵を滅せよサコトゥーザ・スィオ


 

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