第55話 暗闇の中――


「“魔女は、いつでも見ている”――何だそりゃ」



 意味不明が書かれた手帳。

 その1ページ。

その意味を解明する暇はない。

それどころじゃないくらい、痛い。



「いつまでやってんだ!」



 俺はカプラを突き飛ばす。

 彼女のグリグリ攻撃から、やっと逃れる。



「ひっひっひっ……」



 魔女みたいな笑い方しやがって。

 手をワキワキするカプラを、俺は睨む。

そんな俺らを見て、シルフィが目を細める。



「……本当、仲が良いんですね」

「そう見えるか?」

「ああ」



 さっきから、シルフィの態度が変だ。

 俺とカプラのやり取りを見ると、何か変になる。



「……あなただってキスしたじゃない。夕と」



 カプラがそう言う。

 やめてくれ。

カプラまで変になるな。


 彼女は、荷物の前で屈みこんでいる。



「アレは……力が欲しくてな」

「え、それって……――」

「あんた方の“付与”を見ていたんだ」



 やっぱりか。

 あんな短期間で惚れる訳がない。

シルフィがキスをしてきたのは、俺から力を受け取る為だ。



 ――『あれ……力は?』



 荷馬車の中から見ていたシルフィ。

 彼女に見えたのは、俺とカプラがキスをしている所。

そして、力が渡される様を見た。

多分、それしか見ていなかった。


 だから、“付与”の発動条件も知らなかった。



「口づけを交わせば、それだけで“力”が手に入る。そう思ったから、多少強引にでも唇を奪った。悪かったな」



 目を逸らして、シルフィはそう言う。

 その瞳には、罪悪感が浮かんでいる。

それに、別の感情。

彼女が呟く。



「ユウに“痺れた”のは――本当だけど」



 俺に聞こえるくらいの小声。

 それで呟いて、俺を上目遣いに見る。

微笑を浮かべて。



 ――『わたくしの王子様……ってな』



 シルフィの言葉が不意に浮かぶ。

 そんな俺に、シルフィは微笑を向ける。


 右横から、彼女に手を握り取られる。

 驚いて、それを俺は振り払った。



「……何やってるのよ」



 カプラの殺気を感じて、背筋を伸ばす。

 というか、こんな事をしている場合ではない。



「と……ともかく!」



 俺は手帳をポケットにしまい、カプラに向き直る。

 カプラは屈みこんだまま、俺に言う。



「ロープの類は無かったわよ」

「へ」

「荷物っ! 使えるモン探すって、流れだったでしょ」

「あぁ……はい」



 壊滅パーティの荷物は、カプラがチェックしてくれた。

 荷物の入れ物の前に、使えそうなモノが出されている。

いくつか並べられている。


 俺は“アイテム”の前に屈み、確かめる。

 カプラの横に行って。



「水に、干し肉……――傷薬」



 どれもありがたいアイテムだ。

 特に、傷薬は役に立つ。

後で、カプラに塗ってやろう。


 4つの入れ物を開け、今一度、探る。

 念の為、他に重要なアイテムは無いかと。



「……っと。何だ、コレ」



 錆びた黒鉄の鍵。

 それを見て、シルフィが足首を触る。

無意識の仕草。



「荷馬車にあった金庫の鍵だろ」

「金庫……今も荷馬車に積んでるのか?」

「いや、今はない」

「ふーん……」



 俺は荷馬車の方へ歩く。

 シルフィが入っていた荷馬車の方へ。

そう言えば、他の積み荷は確かめていなかった。


 穴の横を通り過ぎて、壊れた荷馬車へ歩く。



「え」



 突然に、紫の光。

 岩が更に崩れ、穴が広がる。

投げられる、長剣。



ゆう――ッ!」



 落ちる寸前。

 荷馬車の台の中に、黒鉄の輪が二つ見えた。

それを繋ぐ鎖も。


 そして、暗闇の中へ。

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