第50話 変質。


 シルフィの右手から黒い霧が出る。

 それが俺に纏わりつく。

その霧には見覚えがあった。

“付与”の時に出た霧に似ていた。



【Cスキルを検知……】



 機械音声が告げる。

 今、俺に向かって使われる、そのスキル。

その名前を告げる。



分魂ネウマ、発動】



 流れ込む、生温かい感覚。

 何かが体内に侵入する。

入り込んで、染み込んでいく。

何か、良くないものが。



【HP全回復】



 さらに機械音声は続く。



【バッドステータス回復中……】


 

 それが合図だったのか。

 シルフィが倒れそうになる。

だらんと、膝から地面に崩れ落ちようとする。

糸の切れた人形の様に。



「……ッ」



 俺は、シルフィに駆け寄ろうとする。

 けれど、カプラの方が速かった。

俺より速く、シルフィを横から支える。



「……大丈夫?」

「ああ……ちょっと疲れただけだ」



 シルフィの右肩を掴み、支えるカプラ。

 気遣いの仕草、その会話、その目配せ。

二人がおたがいの目を見ている。


 少しは仲良くなったのか。

 そう思っていると、すぐに互いの視線を逸らす。

やっぱり、ぎこちない。



「……HPを消費したから。スキル使用の為に」



 ぎこちなさを引きずって、シルフィは小さく言う。

 いや、待てよ。

今、何て言ったんだ。

彼女の“Cスキル”について、その特性について――



「スキル使用の為に、HPを消費した……?」

「ああ」

「君のスキルは、使う為にHPを消費するのか?」

「……ええ」



 MPではなく、HPを使用するスキル。

 それも回復スキル。


 自分の命を削って、他者を回復させる。

 まるで、魂を分け与えるかの様な献身行為。


 それがシルフィのスキルだ。



「悪いな……」

「いいって。そのままじゃ困るだろ?」



 そう言って、ニカっと笑う。

 それから、カプラの手を丁寧に取り払う。

そうして、自力のみで立つ。


 そんなシルフィを、カプラがジト目で見る。



「先に言えば良かったのに」

「ん?」

「あなたのスキルの特性。使い続ければ、大事になる」

「それでも、結局“使った”だろ」



 シルフィの台詞。

 これに何か言おうとして、カプラは口を噤む。

少しの間だけ目を伏せる。

それを置いて、シルフィが話し続ける。



「元々は、こんなスキルじゃなかったんだ」

「えっと……何かあったのか?」

「ああ」



 シルフィは目を細める。

 赤い眼光が一際鋭くなる。



「わたくし達は魔女と戦った。その時にやられたんだよ」

「やられた……?」



 焚き火が爆ぜる。

 それも、また合図。

これから始まるのだ、とある冒険者の話が。

悲劇の話が。



「スキルを――“変質”させられた」



 そう言って、シルフィは唇を舐めた。

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