第42話 “ソレ”に方程式は通用しない。


「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!」



 死の恐怖とアドレナリン、それに殺意。

 狂気的な衝動。

その“炎”に呑まれたら終わりだ。

戻っては来られない。


 常人のままではいられない。

 白熱の中で燃え続けるだけ。

やがて、燃え尽きる日まで。



「大丈夫。大丈夫だッ!」



 足を引きずって近付く。

 怪物の上からカプラを降ろす。


 それで、全てを一緒くたに抱き締める。

 俺は美少女を抱き締める。

彼女が炎の中に沈まない様に。



「……ユウ?」

「あぁ、ここにいるよ。カプラ」



 カプラの左目から涙が流れ落ちる。

 スーッと流れる涙の線。

彼女は無表情のまま、泣いている。



「全部……終わったよ」



 そんな俺の言葉。

 それを聞いて、カプラに表情が戻る。

少女の顔に戻る。



「良かった……良かったよぉ」



 俺はまた抱き締める。

 強く、強く抱く。

彼女の形が無くなるまで。


 それは彼女の為だけの抱擁ではない。

 俺の為にも、今は彼女が必要だった。



「怖かった」

「あぁ、俺も」



 せっかく手に入れた、唯一無二。

 俺だけの愛おしい人。

それを失うかもしれなかった。


 死の恐怖を絶えず感じていた。

 他者の死が間近に。



「すげえ怖かった」



 木漏れ日が俺達を照らす。

 俺達と動かなくなった怪物を、晒す。


 横たわるケンタウロスの死体。

 その残骸の瞳と視線を合わせる。

何かが間違っていれば、こうはならなかった。

こうは上手くいかなかった。


 瞬きすると、カプラの死体が見えた。

 ケンタウロスの代わりに転がる――美少女の死体。



【感謝しろよ。“我らの敵”め】



 俺は振り返る。

 急いで、背後を確かめる。

今、確かに誰かが背後に……



「……どうかしたの?」

「いや……――」



 カプラが俺を心配そうに見つめる。

 それで、さっきの死体は幻覚だと分かる。


 背後には壊れた荷馬車がある。

 それだけだ。

誰もいない。人間はいない。


 それを確かめて、安堵した。

 なのに、その時だ。

何かが軋む音がする。



「誰だ……?」



 荷馬車からだ。

 その荷台から音がした。

白くて厚い布が被せられた、その荷台から音がする。

中で何かが蠢いている。



【やめておけ】



 俺は目を細める。

 それから、荷台の布を取り去る。


 機械音声の代わりに聞こえる声。

 その女の声を無視した。

その警告を取り合わなかった。



「……やっぱり、お前は幻聴だよ」



 荷台には――ガラス瓶が2つあるだけ。

 俺はため息を吐く。

自分は何を気にしていたのか、と落胆する。



「ねえ、何してるのよ」



 カプラが俺の後ろから荷馬車を覗く。

 少し膨らませた頬を、俺の肩に乗せる。

俺の背が低いから、少し不安定だ。

だからか、カプラは俺の両肩を掴んでいた。



「……何怒ってるんだよ」

「別に? もうちょっと、何かあってもいいなって思っただけ」

「“何か”って?」



 カプラは俺の肩の上で、こすり付ける様に頭を回転させる。

 そして、俺と彼女は視線を合わせる。



「私たち、恋人になったんだよね」



 そう言われて、俺は顎を引く。

 改めて言われると、恥ずかしいな。



「私、重いからさ」



 カプラは少し視線を外す。



「……どういう意味だよ。物理的に重いって事?」

「違うわよ! ……愛は形にして欲しいタイプだって事」

「形……例えば?」

「例えば……そうね」



 俺を貫く視線。

 鋭く、それでいて濁った視線。



「全てを共有して欲しい、とか」



 全てを見抜く視線。

 俺の背負うモノの全てを見つめる。

そんな視線。



「秘密も含めて。“前”も含めてね」



 カプラは金色の瞳を濁らせて、笑う。

 その視線の意味が分からず、俺は身を振るわす。

俺に秘密なんてもう無いはずだ。

なのに、この雰囲気は何だ。


 そんな空気を遮るように――



「うぉおおおおおああああっ!」



 金色の塊が飛び出てきた。



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