第39話 【付与】――そして、勇者。


【Eスキル:付与、発動】



 いつもの機械音声。

 もう誰かの肉声には聞こえない。

無機質な声は続ける。



【対象に付与するスキルを選んでください】



 俺に対し、跪いて抱える美少女。

 目の前のカプラ。

その顔が苦痛に歪む。

突然に、後ろにのけ反る。



「ぐッ……あぁあああッ!」



 その瞬間――時間が停止した。

 何もかもが静止した。



「何がどうなってるんだ……」



 俺は立ち上がる。

 当然のように、脳震盪が消えている。



「わ……ッ!」



 目の前にミノタウロスがいる。

 棍棒を振り上げた状態で、静止している。

ヤツめ、もう寸前まで来ていたのか。


 それにしても、“付与”だと――?

 付与するスキルを選択――?

俺はその“仕様”を確かめる。


 目を閉じて、感覚を研ぎ澄ます。



「俺の所持スキルから、任意で1つのスキルを他者に渡せる……っておいおい」



 このスキルは凄い。

 神だ。神スキルだ。

この戦闘ゲームを大きく変える――神スキル。


 時間停止は、スキルの副次効果か。

 それにしては、機械音声が何も言わないのは変だ。

でも、今はそんな事に構っていられない。


 俺はスキルを選択した。

 カプラに与えるスキルを――

その付与スキルは――



【対象にEスキルを付与――数値変換メタトロフィス



 直後、時間が動き出す。



「はッ――!」



 閉じた覚えのない目蓋。

 それを開けて見る。

低い位置からの景色。


 俺は、また横たわっている。

 さっき歩き回ったのが幻覚みたいに。

幻想みたいに。



「ぐッ……あぁあああッ!」



 後ろにのけ反るカプラ。

 その身に闇が吸い寄せられる。

俺の身から出た闇が、カプラへと。



【付与完了】



 闇を全て吸って。

 ゆらり、カプラが立ち上がる。

カチャリ――背中に掛けたロングソードが揺れる。

さっき、俺が回収し損ねた長剣。

持って来てくれたのか。


 しかし――俺は長剣を使えない。

 使える状態にない。

彼女が使うしかない。



「……くッ」



 カプラは立ち上がった。


 けれど――彼女は怯んでいる。

 怪物の寸前で、棒立ちになっている。

依然と同じように。


 これはマズい。

 いくらスキルがあっても、使えなければ意味がない。


 しかも、カプラには傷がある。

 応急処置の完璧でない傷が、肩にある。



「ク……ソ……ッ」



 俺はまだ動けない。

 まだ脳震盪が回復していない。

時間停止中は動けたのに――!



「カプラ……お前は……逃げろ」



 声を振り絞って言う。


 俺がこのまま独りになれば――

 いくらHPが高いとはいえ、タダでは済まない。


 もしかすると、脳震盪のバッドステータスを敵に利用される。

 無限バッドステータス付与からのハメ殺しだ。

殴り続けて、HPを削り切る。

俺だったら――そうやって殺す。


 冷たい感覚。霧のせいじゃない。

 死を肌に感じる。

けれど、ここでカプラを失ったら分からなくなる。

今まで何の為に戦ったのか。



「……私は、もう逃げない」



 横たわる俺を見るカプラ。

 その瞳は依然と違う。

もう違う。

守られる美少女モノの瞳ではない。



「誰も置いていかない。あなたがそうした様に」



 自分に言い聞かせるように。

 そうして、カプラは言う。



「――私は勇者だ」



 溢れ出る赤い液体。

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