第37話 俺は亡者か、生者か?


 一陣の風。

 一瞬、俺は瞳を目にした。


 紫色の瞳。

 間近に、ケンタウロスの瞳。

高速で近付いた――敵の瞳。


 しかも、今回はスライムを引き連れている。

 赤、緑、青。

ポヨポヨとまばらな水音。

それに気を取られた瞬間――



「……あッ! ぐッ!」



 2発、2撃。

 ケンタウロスが持つ棍棒が、俺の頭を打つ。

3発目に蹴られ、俺は吹っ飛ぶ。

木に激突し、視界が眩む。



【Eスキル発動:数値変換メタトロフィス――変換の為の障壁を展開】



 その機械音声。

 新しいスキルが発動した。

自動発動オート・キャスト



【被ダメージ21。残りHPライフ6979】



 なるほど。

 “数値変換”のスキルは被ダメージを変換する。

薄い障壁を俺の周りに展開。

その障壁が受けたダメージを“別の数値”に変える。

20ダメージ以上限定で、な数値に。


 といっても、21ダメージなんてタカが知れている。

 今の俺からすれば――



【スキル効果により純MP加算、残りMP4021】



 俺はクスっと笑う。

 MPが21もらえただけ。

なんて、使えないスキルだ。

21MPで使えるスキルなんて、俺は持っていない。


 持っているスキルのMP消費が大きすぎる。


 ドラゴンを倒して、俺はレベルが高くなった。

 HPが高くなった。


 もしかすると、防御力DEFの数値も高くなっている。

 障壁の強さは、きっと保有者プレイヤー自身の防御力に比例する。

そんな俺だからこそ――このスキルは使えない。



「くッ……」



 俺は立ち上がろうとする。

 HPの残量が分かった。

これだけあれば、立てるはずだ。


 立てるはずなのに――



「……なん……で」



 よろける足。

 ボヤける視界。

とても立てる状態ではない。


 溶けた視界の中で、ケンタウロスが迫る。

 ゆっくりと、棍棒をひきずって来る。



「……脳震盪……か」



 分かってきた。

 この世界、HPと外傷によるダメージが別だ。

その二つに区別がある。

利き手を損傷した時もそうだった。



 ――『バッドステータス:利き腕負傷による効果1』



 外傷がバッドステータスになる。

 バッドステータス付与は、HPの残量に関係なく起こる。

防御力DEFにも関係なく、起こる。



 【バッドステータス:脳揺による効果、視界不良……】



 揺らぐ視界。

 そのピントが合ってくる。

迫るケンタウロスが見える。

ヤツは何かを連れている。


 その更に後ろ――カプラが見えた。



「やめ……ろ……」



 肩の傷に布が巻かれている。

 彼女のチュニックの右袖が無くなっている。


 カプラが、自分で応急処置を行ったのか。

 自身の衣服をちぎって、傷口近くを縛り上げた。

けれど、それだけじゃダメだ。

止血としても、多分十分じゃない。



「来る……な!」



 視界がまた揺らぐ。

 こんな時に、またも。

俺はボケた視界の中で右手を振る。

前に倒れる。



「畜生ッ……」



 笑顔が見える。

 元クラスメイト達の笑顔。

友人ちゃんの笑顔。

今さらに、走馬灯そうまとう



 ――『ねえ、好きだよ』



 あの言葉が脳内に響く。

 あの言葉が誰の声だったか。

俺は確かめられなかった。


 それを嘲笑う――声。



【誰の声が良かったんだ?】



 機械ではない、女の肉声。

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