第29話 ロスト。


「お兄ちゃんはね――今は魔女の所にいる」



 カプラは雲った表情でそう言う。

 どういう感情で、そういう表情なのか。

俺には計り知れない。


 単純な悲しみだけではない。

 それだけは分かる。



「なんで、そんな所に?」



 分かり切った質問。

 けれども、聞かなければ話は進まない。

カプラは鼻を鳴らして、笑う。


 さっきまで見ていた、彼女の笑いとは違う。

 別種の良くない表情モノだった。



「なんでかな……ある日の事――」



 俺をチラッと見て、それから目を逸らす。

 彼女の顔、彼女の瞳を見て。



「“あの人”は、一人で魔女を殺しに行った」



 カプラは目線を落とす。

 金色の瞳を細める。

目線の先には、白銀の花。


 彼女の髪と同じ色の花。



「私を置いて、ね」



 ぽつりと言葉が落ちた。

 それを“ざわめき”が連れ去っていく。

森の木々が揺れて、風に騒めいて。



「結果、お兄ちゃんは帰って来なかった」



 俺はカプラを見ている。

 ただ突っ立って、拳を握る。

こんな時に、何て言ったら分からない。



「冒険者としてのあの人は――私を選ばなかったって訳」



 カプラはブーツで土を蹴る。


 カプラの兄、ルカの最終判断。

 それは、兄としての優しい配慮か。

それとも、冒険者としての――



決戦ラストバトルの仲間に、私を選ばなかったってね。悔しかったなぁ」



 カプラは拳を握り締める。


 カプラの兄、ルカ・フォニウス。

 彼の判断の意味は分からない。

所詮は、会った事もない他人の判断だ。


 分かるはずがない。

 ならば、俺はどう言うべきか。



「私を置いていった事。それが悔しくて……悔しくて」



 カプラは土を蹴る。

 何度も、何度も蹴る。

感情を滲ませている。


 こんな時、何を言ったら正解か。

 そう考えている自分が嫌だ。


 俺が彼女の足元を見ると、“白銀”が潰れていた。



「だから、私はお兄ちゃんのを追おうとした」

「……それで、森に入ったのか」

「うん。冒険者として、正式に街のギルドへ申請を出してね……まぁ却下されたけど」



 俺は思い出す。思い返す。

 カプラがあの時、言った台詞。

その意味。


 ――「あなたまで、ギルド長や聖者共と同じ台詞クソをッ!」


 カプラが台詞クソを言われたのは、申請の時だ。

 魔女を倒す為の申請を行って、却下された時だ。


 なるほどな。

 彼女の言動の意味が繋がってきた。

やっと話が分かってきたぞ。



「却下された……でも、カプラは今こうして“森”にいるよな」

「そうね」

「て事は、無理やり来たんだ」

「違うったら。ギルドには最終的に許可を取ったのよ」



 カプラは金色の瞳を伏せる。

 自分が蹴った地面を見る。



「……“新しい回復薬を試す”って言う名目でね。依頼クエストを捏造して」

「すっご……やるなぁ」



 ドストレートな賞賛。

 俺のそんな言葉で、カプラは視線を俺に戻す。

俺を見る。



「どういう意味よ?」

「いや、文字通りだって。凄いなって」



 大人しそうに見えて、やる時はやる。

 日和っても、最後はキメる。

カプラは、そんな冒険者らしい。



「まぁ、ほら、薬は嘘じゃないし。実際、試したでしょう?」

「試したって?」

「回復薬よ……試したじゃない。ほら」

「まぁ……うん」



 俺の鈍い反応に、カプラがハッとした顔をする。

 それから、顔を赤らめた。

いや、急に照れるな。



「……っ」




 回復薬の口移しキスを思い出したのだろう。

 だとしても、照れるな。

唇を触るな。その仕草をやめろ。



「……んふふ」



 ボインと一拍、横揺れする彼女。

 ともかく、楽しげに戻って良かった。

俺は、ため息を吐く。



「はぁー……ったく」



 彼女の一連の仕草。

 童貞には刺激が強すぎる。

何だか、空気も甘く感じてきた。


 俺は自分の胸を自分で叩く。

 冷静にする為、また頭を回す。

今までの、カプラの話を整理する。


 整理して、違和感が湧く。

 今さらな疑問。



「ん? カプラとお兄ちゃんルカは、山間の街モースから来たんだよな」

「そうね。そこの“クソギルド長”に却下されたのよ」

「その街は……あの崖の上にあるんだっけか?」



 俺はカプラがしたように、人差し指の先で上を指す。

 木々の葉で見えない、上の方の――先。



「もっと上の山の中ね。まぁ、どの道見えないけど」

「俺たちは、さっき、そのから飛び降りた訳だ」

「ドラゴンを倒す為に、ね」

「そして……今俺たちは下の森にいる。カプラは上の街から来たのに」



 俺は、人差し指をこめかみに持ってくる。

 グリグリと指で脳を押す。

これは、えらいことになってるかも。



「なぁ、カプラよ」

「何よ?」



 呑気な顔のカプラに、俺は問う。



「どうやって帰るんだ? お前」

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