第26話 【言語変換】


 以下の台詞。

 


 「転生者だから。よろしく」



 俺の台詞。

 カプラにとって、台詞コレは全くの予想外。


 ジトっとした空気が漂う。

 森の湿度のせいか、雰囲気が悪いせいか。



「えっ……それ、本気マジで言ってる?」



 この反応、どこかで見たな。

 「勇者サマになる娘よ」――とかの下りで。


 どこかの角アリ美少女が言われていた。

 どこかの転生者が言っていた。転生直後に。

あぁ、俺か。



「転生者って、異世界から来た“旅人タクディス”の事よ?」

「そうだな……そうなるだろうな」



 “転生者”という言葉が伝わった。

 その事実に驚きながら、俺はそう返す。

もちろん、表情には出さない。



 ――「実は救命士とかだったりしない?」

 ――「何それ」



 この世界に存在しない、“救命士”は伝わらなかった。


 言語変換のスキル。

 あのスキルは、そうした言葉を伝えられない。

この異世界に、存在しない概念を伝えられない。

恐らく、そうだ。


 だが、“転生者”は伝わった。


 つまり、この異世界には“転生者”の概念がある。

 前から、そうした存在が知られている。



「転生者は、大抵が英雄になるんだけど」

「大抵が、って……」

「何よ……何かおかしいの?」

「いや、前にも“転生者”が来た事あるって言い方だから」

「え、“行進の神話”を知らないの?」

「何それ」



 カプラが目を見開く。

 信じられない――という表情。



「吟遊詩人の歌、聞いた事ない?」

「そんな奴、出会った事もない」

「え……あり得なくない?」



 カプラの言葉使いが乱れる。


 それから右の拳を唇に当て、こほんと咳き込む。

 気を取り直して、という所だろうか。



「ともかくよ。転生者は歴史上に幾度か現れたわ」

「幾度か、ね」

「ええ、彼らは大抵が“宿命の英雄アナーキ”だった」



 カプラは、また歩き出す。

 つられて、俺も歩き出す。


 彼女の背景の森が、緑色に輝いている。



「あなた、自分もそうだ――って言いたいの?」



 俺は歩きながらに、見上げる。


 暗き森の隙間から、陽光が少しだけ差している。

 湿度の高い空気の中で、陽は揺らぐ。

それでも、ちゃんと届く。



 ――「じゃあ、君は何になるってんだ?」



 過去。死ぬ前。

 あの時の台詞が浮かんできた。

陽に照らし出されるように。


 あの時、友人ちゃんは何を思ってそう言った。

 何を言って欲しかったんだ。



「英雄か……それも悪くないな」



 あの時、言いたかった事。

 やっと、今分かった。



「俺は――覇者になるんだ」



 言ってみて恥ずかしくなる。

 中二病全開。黒歴史リターンズ。


 そんな俺の顔を見る、カプラ。

 肩越しに見て、それから振り返る。



「そうなんだ……ふふっ」



 笑顔が弾けて開く。

 手を後ろで組み、後ろ歩きの彼女から。



「じゃあ、仲良くしなくっちゃね!」

「今さらだろ」

「だってほら、私も英雄になるし?」

「バカ言うなよ」



 ちょっとずつ縮まっている。

 歩く彼女。

その距離感を確かめながら、俺は言う。



は勇者になるんだろ」



 踏み込んだ一言だ。

 カプラは更に嬉しそうに笑う。



「バレたか!」



 俺は笑顔を――引き攣らせた。








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