第2章▼付与――魔女を殺す武器。

第25話 転生者の名乗り。


 響く。美少女の声。



「ねえ、何であの時、逃げたの?」



 カプラの声が響く。

 底知れぬ暗き森に、こだまする。

彼女の声だけが返ってくる。


 周囲は、不気味なほどに静寂だ。


 俺たちはあの湖を離れ、しばらく歩いていた。

 この暗き森を、とりあえず歩いていた。


 さっきのミノタウロス。

 アレが追ってこないとも限らなかったからだ。

とにかく移動した方が良い。


 だから、今は歩いている。

 カプラが後ろ、俺が先。



「ねえ、何で?」


「あの時は、それが最善だった」



 カプラは疑問を言い、左手で下唇を触る。

 その表情は、特に変わっていない。

何か不満がある訳ではない様だ。



「何で?」


「あの戦い、勝てはしなかったからな」


「何で、そう思ったの」


「あのミノタウロス、偽装フェイクをやってきたからな」



 ミノタウロスが衝撃でよろけた時。

 あの時、確かに隙はあった。

けれど、あれは狙った隙だ。

作られた隙だ。



「俺に誘いで、作った隙を見せてきた。賢い敵だ」


「だから、逃げたの?」


「まあ、一時撤退っていうの。連戦でああいう敵は相手にしたくないからさ」



 ああいう敵。

 知能の高い敵。

それを相手にするとなれば、相応の殺り方が必要だ。



PvEピーブイイーよりPvPピーブイピーに近い戦い方が要るんだ、あの敵は」


「何それ」


「頭を使うから嫌って事。疲れてるし」



 カプラは、右の角を自分の右手で叩く。

 ぽんぽんと。



「なるほどね」



 俺はそれを見て、にやけそうになる。


 自分の頭をぽんぽん叩く仕草。

 その仕草は、友人ちゃんもやっていた。


 思い出して、目を伏せる。

 ダメだな。まだ整理が付いていない。

クラスメイト達が頭にチラつく。


 俺は両の頬を自分の両手で叩く。

 バシバシと。



「何やってるの」


「心機一転」


「シンキ……何?」



 言葉が上手く伝わらなかった。

 カプラは首を傾げる。


 そう言えば、前もこういう事があった。



 ――「実は救命士とかだったりしない?」

 ――「何それ」



 スキル、“言語変換”。

 俺が転生直後から得ていた、一つ。


 このスキルは不完全だ。

 伝わらない言葉がたまにある。

専門用語に近い名詞、それに四字熟語の類。


 まだまだ、他にもあるかもしれない。

 一つずつ探っていくしかない。



「なあ、カプラ」


「ん」


「自己紹介しよう」



 カプラが歩みを止める。

 それに合わせ、俺も止まる。


 俺達の足元で、白銀の花が揺れている。



「したでしょう、もう」


「もう一回だ」



 一つずつ探っていくしかない。


 思えば、カプラについて俺は何も知らない。

 カプラも俺の事を知らないはずだ。



「俺は桐矢夕キリヤユウ



 俺は手を差し出す。

 慣れた感じで、カプラが手を握る。

握手。死線を越えた仲で、今さらな気もする。


 今さらだけど、必要な手順だ。


 俺は何も知らないから。

 カプラについて、この“世界”について。



「転生者だから、よろしく」


「えっ」


 

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