第19話 薬の味。


 柔肌の感触。

 命のぬくもりってのを直に感じた。


 それが舌から伝わった。

 唾液と共に俺の内へと入ってきた。



【Eスキル:付与、第1条件をクリア】



 機械音声が意味不明な事を言っている。

 またしてもだ。


 けれども、俺はそれに構っていられなかった。

 そんな余裕が無かった。


 美少女カプラとキスをしていたからだ。



「ぷはっ……ちょっ! え!?」



 人生初めての体験だった。

 というか、俺に起こる訳が無い体験だ。

あり得ない事だとも言っていい。


 それが今起こったのだ。



「おまっ……何してんッ!?」



 そりゃあ、万年童貞おれがエセ関西人になりもする。



「……勘違いしないでね」



 俺は少し考える。

 彼女の台詞を考え直す。


 その間、5秒。



「……ツンデレ?」

「違うから」



 即否定。

 というか、伝わるとは思わなかった。


 カプラは平然と続ける。

 続けようとする。



「これは……その……えっと」



 彼女は、平然を装おうとしていた。

 口を動かしながら、手もわたわたと動かす。


 心なしか、瞳の中にグルグル模様が見える。

 フサフサの長耳がぴくぴくしている。


 カプラは、こんらんしている!



「そういうのじゃないからね!」

「……そういうのって?」

「期待しないでって事!」



 明らかに、混乱したカプラ。

 それを茶化そうと、俺は口を開く。


 だが、出来なかった。

 上手く、言葉が出なかった。


 突然、俺の身体が熱くなった。

 心臓の動悸が早くなっている。

これは、カプラにキスされたから――ではない。



「……ポーションを……飲ませたのか」



 倒れそうになり、俺は跪く。

 それから、心にも無い一言。



「結局だな」



 カプラが俺の傾く身を支える。

 肩に手を置いて、身を寄せて。


 彼女の角が頬に擦れて、正直ちょっと痛い。



「そうよ。結局、飲ませた……口移しで、ね」

「なんで、口移し……?」

「湖に落ちた時に、薬の容器が砕けたから」

「砕けたから?」

「飲ませづらいでしょうが」



 それで、口移ししたのか。

 なるほど。

なるほど?



「他に……やりようあったんじゃ?」

「うるさいわね。この状況じゃ、これしか思い付かなかったの!」



 瓶が割れているから、口移しする。

 会って間もない少年とキスをする。


 実にアグレッシブな選択肢だ。

 カプラは、強気な発言とは裏腹に、根は気の弱い娘かと思っていた。


 でも、割と大胆な娘なのかもしれない。

 変なところで、大胆。



「てか……危険だから、ダメだったんじゃないの?」

「ダメよ。今だって飲ませたくなかった」

「じゃあ、何で?」



 カプラは瞼を閉じる。

 少しだけ閉じて、それから言う。



「炎に飛び込んじゃう人だって分かったから」

「誰が……?」

「あなたが。誰かの為にってね」



 それから、呟く。



「そんな所がって想ったから」



 似てた。

 似てたって言うのは誰に?


 そんな問いが遮られる。

 まただ。

また、言葉が遮られた。



【“……回復薬”の効果:発動】



 また機械音声に遮られた。

 俺の言葉が遮られた。


 次に、熱さが高まる。



「ぐッ……はッ……がッ――!」



 全身を貫く熱さ。

 それが身体中を駆け巡る。

暴れ回る。


 脚の筋肉が膨れ上がる。

 腕の骨が不自然にバキバキ鳴る。


 治療していた。

 治癒へと向かう、強制的な治療。

そして――



【バッドステータスからの回復を確認】



 治癒完了。完治。


 右肩を、右腕を、右手をグルグルと回す。

 準備体操とばかりに、俺は利き腕を伸ばす。


 いかに回復したか。

 それを確かめた。



「さて、と。そろそろ――」



 迫ってきた目前の敵を、睨む。


 寄り添っていたカプラが離れる。

 そして、俺は立ち上がる。



「終わりにしよう」



 右腕を横に伸ばして、瞼を閉じる。

 すると、意味不明が聞こえる。



【スキル――】


 

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