第18話 息を重ねて。


 ポーチの中身は何か?

 その問いは簡単だ。

実を言うと、もう分かっている。

その答えが何か。


 ヒントは、あの時のセリフ。



 ――『なら、回復させないと』

 ――『確か、この中に……よし』



 あのセリフが出た、あの時の状況を考える。

 あの時の“俺”を、カプラはどう見ていたか。


 そこから、ヒントが見える。



 ――『まさか、にやられた……?』



 彼女は、俺の事を"負傷者"として見ていた。

 そして、『回復させないと』――という、彼女の言葉の意味。


 それらを踏まえて、問いについて考え直す。

 そうすれば、答えが分かる。


 あの時の彼女は、“回復させるモノ”を持っていた。

 そして、それは彼女のポーチの中この中にある。

間違いなく、今もそこにあるはず。


 これはRPG好きなら、分かって当然の問いだ。

 ポーチの中身は何か――



「……ポーションよ」

「へ」

「ポーチの中身はポーション。知りたかったんじゃないの、あなた?」



 盗られた。キメ台詞の【強奪】だ。


 大げさに問いを脳内解説していた俺。

 何度目か、恰好良さげに回答する俺。

そんな、キレキレな俺を披露しようとしていた。


 そんな有様を嘲笑うかのように、カプラが口の端を歪める。



「バレバレっての!」



 微笑しながら、胸を張る。

 大きい胸が一拍ぼいん。


 続けざまに、「一矢報いてやった」と言いたげだ。

 そんな表情だ。そんな仕草だ。



「……さっきまで、泣いてたとは思えないな」

「うっさい」



 俺はムッとすると同時に、安堵する。

 カプラは、もう落ち込んでいなさそうだ。


 泣いているのを見るより、わらわられる方がずっといい。



「良かったよ。君が笑ってくれて」

「は……何よ、それ」



 カプラは、俺からそっぽを向く。

 何を思った仕草だろう。

そのフサフサな長耳が、少し赤く見える。



「あ」



 そのカプラが見やる先に、敵の新手が来ていた。


 弓持ちの骸骨スケルトンの兵士、棍棒持ちのゴブリン、それにスライム。

 遠距離1体、近接1体、役割が謎なの1体。


 敵パーティの構成はそんな所だ。



「あのさ……ソレくれる?」

「ソレって何?」

「ポーション。俺にちょうだいよ」

「薄々気付いてたけど……あなたって遠慮を知らないわね?」



 カプラは目を細めて、唇を噛む。

 どうやら、俺に呆れたというだけの表情じゃない。


 その後、ゆっくり俺へと振り返る。

 目線を向けて、言葉を投げてくる。



「このポーションは試作品なの」

「試作品?」

「そう。“とあるレシピ”から作った、試作品。死にかけか、どうでも良い相手にしか使えない」



 カプラは目線を落とす。

 言葉を並べる。



「だから、今のあなたには使いたくない」



 いや、待て。おかしいぞ。

 彼女がそんな事を言うのはおかしい。


 思い出してもみろ。

 崖の上で生き返りたての俺に、出会いたての彼女がどうしたか――



「いや、俺に使おうとしたよね? ポーション」

「あの時は……あなたが死んでるかも、って思ったから」



 思い出してみた。

 出会いたての彼女のセリフ。


 ――『もしもーし、死んでるの?』

 ――『なら、回復させないと……なら、


 彼女は、俺に試そうとしていた。

 そのポーションを、その試作品を。



「あの薬の効果を証明できれば、私の事を認めさせられる。そう思ったの」

「認めさせる……件のギルドマスターと賢者に、か?」

「私を下に見る、街の全員に。それと……――」

「それと?」

「……何でもない」



 “それ”にしてもだ。

 考えてもみろ。


 出会いたての彼女、生き返りたての俺。

 あの時、彼女カプラは俺をどう見ていたか。


 答えは、実験体モルモット代わりだ。



「何というか……ひどい話だ」

「あなた、私をオトリに使ったでしょ?」

「まあ、うん」

「だから、おあいこ」



 迫る敵を見ながら、俺は唇を噛む。

 決して、カプラが憎くなったからとかではない。



「そうか、おあいこか」

「そうよ」

「それでも欲しいけどね。俺」

「……危険なの。分かっているの?」

「分かってる。けれども、賭けは必要だろ」



 早朝の空。

 白んでいく空を見上げるカプラ。

その横顔を見て、俺は言う。



「まだ君と戦いたいんだ」



 彼女はポツリと呟く。



「そうね――あなた、そう言う人だものね」



 それから、また目線を落とした。

 金色の瞳が曇る。



「不思議ね。会って間もないのに。なぜか分かる」



 じめっと、湿った土を見つめる。

 じっくりと、曇った目線で見つめる。

土の中に埋められた、宝物でも探すかの様な視線。



「あの薬ね。実は、私にとっての――“大切”なの」



 眉間にシワを寄せる。

 何かを想った、ため息混じりの台詞。


 カプラのそんな仕草。

 それを見て、俺も目を伏せた。


 彼女の探す何かに、視線を合わせる。



「君にとっての大切。大切なモノ……その薬が?」

「私の大切なモノ、それを救えるかもしれない“唯一無二”なの」

「そうか――それは、分からなかったな」



 あの薬は、今の状況では、絶対に欲しい。

 喉から手が出るほど欲しい代物マスト・アイテムだ。


 ゴブリン相手には無双した。

 とはいえ、同じ勝利が二度も続くとは限らない。


 それに、さっきの戦闘とは、条件が違う。

 敵の構成も、形態も、戦闘スタイルも違い過ぎる。


 貰えるモノは何であれ、欲しい。

 何が勝利条件になるか、分からない。

そんな、今だからこそ。

けれど――



「なら、仕方ないか。“おあいこ”だし」



 その言葉を聞いて、カプラは瞼を閉じた。

 何かを悩むように、味わうように。

しばらく閉じていた。



「……そっか」



 俺はカプラを横目に見る。


 薬は欲しい。

 喉から手が出るほどだ。


 けれど、それは彼女にとっての“大切”だ。

 彼女にとって大切なモノだ――その回復薬が。



「優しい人よね、あなたって」

「どこが、だよ?」

「割と、全部」



 陽光に照らされたカプラの横顔。

 それから目を逸らして、また伏せる。



「そこが似てるんだよね」



 目を伏せたままのカプラ。

 それを見て、俺が思う。


 カプラに無理強いはしたくない。

 彼女が泣くのを見て、後悔したのだ。

やり過ぎたかも――と思った。


 二度と彼女が泣く様を見たくない。

 こんなの、覇者らしくもないだろうか。



 ――『じゃあ、君は何になるってんだ?』



 “友人ちゃん”が今の俺を見たら、どう言う?

 情けない――と言うだろうか。


 昔を振り返る俺。

 もう戻れない過去をかえりみる俺。


 そんな俺を――“彼女”が過去から引き上げた。



「ぐげっ」



 襟首を掴んで、俺を引き寄せる彼女。



「……しょうがないか」



 至近距離に、見知った顔だ。

 美少女の顔が迫った。


 カプラの吐息が迫った。



「だから、これは“借し”だよ」



 羊が如き美少女が、唇を重ねる。

 それは突然の接吻キスだった。



 ――「ねえ、好きだよ」

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