第17話 ザコ戦の流儀。 


 ナイフの刃。

 その小さな刃が、陽光を反射する。


 まずは、目眩しだ。



「【Eスキル――】」



 次に、赤色が飛び散る。


 それは血の色だ。

 俺の血の色だ。



「そんな……せっかく私――見つけたと思ったのに」



 カプラが小さく言葉を漏らした。

 一見して、その状況に絶望したのだ。

把握したつまりで、絶望した。


 ゴブリンの振った棍棒が、空を切る。

 頭が棍棒に割られる。

血が飛び散って、朝霜を染め上げる。



「ここで、死ぬなんて……――お兄ちゃん」



 その一連、その惨状を見たで、絶句した。


 その時、飛び散った赤は、確かに俺の血の色だ。

 その色だけは間違いない。



「妙な気分……だな」



 飛び散る血。

 命が液体として噴き出して、空気に溶け入る。

この惨状が、大変だ。


 ゴブリンに殴られた俺が、血を流した。

 それが本当ならば、きっと助かりはしない。


 この姿が、この俺が、本物ならば――

 俺の命は、今度こそ終わりだ。


 でも、そうじゃない。

 アレは、姿をしているだけだ。



 ――『【Eスキル:蜃気楼パンタズマ】』



 ゴブリンが殴り掛かったのは、偽物の俺だ。

 俺がスキルで作り出した、幻影だ。


 先頭のゴブリンが攻撃してくるのは、読めていた。

 ヤツは、あからさまな攻撃役アタッカーだった。

三匹の布陣パーティの内、棍棒を掲げていたのは、あの一匹だけだった。


 攻撃役がどれか分かれば、どう攻撃するかのパターンも読めてくる。

 超近接武器ナイフを持った俺に対して、敵がどう攻めてくるか。


 あとは、動かない幻影を準備セットしておけばいい。



「俺自身が殺される姿を見るなんて、な」



 カプラが、俺を横に見つけた。

 本物の俺を見つけた。


 刹那の内に、地面を滑り、ゴブリン達の背後に移動していた。

 そんな俺を見つけた。


 そして、俺はナイフを構える。



「死ねよ、雑魚モンスター



 ゴブリン三匹組の一匹。

 俺に殴り掛かったゴブリンが、背後を見返す。


 その瞳が見たのは、鈍色。


 間近に迫る刃。

 俺が振り下ろす、刃の色。


 それを見たが、最期。



 ――ピギャッ



 短く、豚のような鳴き声。

 ゴブリンが膝から崩れ落ちる。


 上から振り下ろした、俺のナイフ。

 その小さな刃が、ゴブリンの首元に深く刺さる。


 右肩と首の境界線の辺り。

 その肉を、ナイフの刃が抉っている。


 周りの他二匹は、想定外の事態に固まっている。



「うわ、結構いった。ここまで斬れるか」


「自分でやっといて何……てか、驚かせないで!」


「ごめんごめん」


「謝罪が軽くなってきてる!」



 謝罪の平手チョップを顔の前でした後、ゴブリンの首元からナイフを引き抜く。


 あまりにも、軽い動作、軽い感触。

 それはバターからナイフを抜く時の、あの腑抜けた感触に似ていた。


 自分自身で、自分の力に驚く。


 前世では、腕立て伏せ10回も出来なかったのに。


 今では、分厚い肉からナイフの刃を一気に引き抜く、という挙動が軽い。

 その一般人にあるまじき芸当が、こんなにも軽く出来る。


 こんなにも軽く――殺せる。



「……【強奪】は、発動しないか」



 あのスキル。

 ドラゴンからスキルを奪った、【強奪】とかいうあのスキル。

雑魚を殺した程度では、あのスキルは発動しないのか。


 冷却時間のせいか?

 発動条件は、一体――



「てか、ユウ! 後ろっ!」



 俺は、カプラの声に振り返る。

 すぐにゴブリンの一匹を斬る。


 そいつは想定外の攻撃に固まっていた、二匹の内の一匹。

 それが正気に戻っていた。

こちらの想定より、かなり早い。


 そして、今度は俺の背後に回ったらしい。



「素早いヤツ――けどッ!」



 俺は、そのゴブリンのわき腹を斬り裂いた。

 左手のみ、片腕のみのナイフ一本で、斬った。


 次に、ナイフを逆手に持ち替える。


 わき腹を斬ったゴブリンの真横、三匹の組の内、最後に残ったゴブリンの眉間へナイフをブチ込む。


 頭蓋骨ごと、ナイフの刃を破り入れた。


 これは、前世では、絶対に出来なかった事だ。

 こんな事を出来る力なんて無かった。


 体格は前世よりも小さくなっているはず。

それなのに、この力は……――



【バッドステータス:利き腕負傷による効果1……により攻撃力低下中】



 ここまでやれるのに、攻撃力低下中。

 バッドステータス状態で、この力を発揮できる。


 負傷なき“健康状態”なら、もっと力を発揮できるはずだ。

 つまり、“利き腕負傷”が治ったら――



「――骨折が治れば、これ以上やれる。勝てるか」

 


 何度目かの独り言。

 ソレを呟いて、カプラをちらりと見る。

わざとらしく、見てみる。


 カプラは、目を伏せていた。



「ホント、独り言がデカいのよ……」



 それから彼女は、腰の小さなポーチを触る。

 それを見て、彼女との最初の出会いを思い出す。



 ――『まさか、魔女にやられた……?』

 ――『なら、回復させないと』

 ――『確か、ここに……よし』

 ――『今、何かしようとしてた?』

 ――『え、何もしてないわ? まだ……』



 あの時も、あのポーチを触っていた。

 中には何が――?

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