第6話 万年モブ? 瞬間――


 ドラゴンの攻撃が止んでいる。

 こちらを伺っていた。


 危機的状況だ。

 次の攻撃で、ヤツは決めるつもりだろう。


 俺たちを確実に殺すつもりだ。


 俺は冷や汗を滲ませる。

 詰まらないよう、言葉を続ける。



「まず、信じて欲しいんだ。リスクを負わなきゃダメだって。そうしないと勝てないんだって」

「……この状況で勝てると思ってるの? その策なら勝てるって――?」

「勝てる。俺たちなら」



 カプラは俯く。

 考え込む。



「"酷い目に遭わせる"って……言ったけど」



 葛藤、それに不安。

 そんな顔色を隠す為か。

カプラは俯いている。



「それは勝つ為の事?」

「そうだ。命を懸けてくれ。俺と一緒に」



 彼女は顔を上げて、俺を見上げた。

 少し掠れた声で問う。



「初対面のあなたに、命を預けろって? 正気?」

「ああ。正気も正気だ」



 俺はカプラの両肩を掴む。

 ハッキリと、その金色の瞳を見据える。



「君が必要なんだ」



 カプラは目を見開いた。

 その後、俺の瞳を見返す。

一直線に、射抜くような視線だった。



「……胡散臭い」

「ひどい」

「嘘でしょ? 勇者の亜人種が必要だっての?」



 それ、自分で言うんだ――

 とかいう、セリフを俺は飲む。



「ああ、必要だ」



 ため息を吐く、カプラ。

 小刻みに肩を震わす。

金色の瞳をこする。


 感情が昂ったのか。

 カプラの瞳が潤んでいた。



「……少しは躊躇とまどいなって」



 ボソッと悪態を吐いてくる。

 それから、聞いてくる。



「……あたしがいなかったら逃げられるんじゃないの?」



 カプラを置いて隠密行動を取る。

 石の影から俺とカプラの二手に分かれて逃げ、直後に潜伏する。

そんな手もあるにはある。


 カプラは更に聞いてくる。

 縋るような声色だった。



「そんな戦ってまでさ。あたしに救う価値なんて無いかもよ……ねえ?」



 問いかも疑わしい、そんな言葉。

 それがカプラにとって、どれだけの意味を持つのか。

その真意なんて分からない。

彼女の気持ちなんて、真に分かりはしない。


 しかし、この決死の時の言葉だ。

 生存に必要な時間を割いてでも、聞きたかった事だ。

かなり重要な問いには違いない


 けれど、俺は簡単に答える。



「君を救うって? 違うよ……そんな気、さらさら無いんだ」



 軽く、流れのままに続ける。



「戦うんだぜ――俺達で」



 流れのままにキメてみせる。



戦い続ける奴プレイヤーには価値があるから」



 少し後ずさりするカプラ。

 岩の影から出そうになる。



「私は戦い続けてなんてない。さっきも立ち尽くして……」



 俺はカプラの手を掴んで――引き寄せる。



「でも、逃げてない」



 魂を乗せた台詞。

 ここに命を賭ける。

命を賭けさせるのだから、当然だ。



「君となら戦える……そう思うんだ」



 カプラは地面を見る。

 また目を伏せている。



「何よ、それ」



 それから、美少女の笑顔が咲く。

 カプラが笑っていた。

 


「後で嘘だ、なんて言わないでよ」



 それを見て、俺は汗を拭う。

 確信したのだ。

カプラには素質がある。



「じゃあ……私も戦うかっ」



 牙を剥くように笑っていた。

 カプラの顔つきが変わっている。


 彼女は弱音を吐きつつも、ずっと前を見ていた。

 ドラゴンと対峙した時も、決して後ろを見なかった。


 本物の弱虫は、弱音を吐かない。

 吐くより前に、戦場から逃げ出す。

戦う事から出来ないのだ。



 ――「まだ――見つけていないのにッ」



 あの時、カプラは巨大な敵を前に立ち尽くした。


 だが、自ら逃げようとはしなかった。

 走ったのも、俺に手を引かれたからだ。

何より彼女は、ドラゴンから目を逸らさなかった。


 この娘を、少女だなんて、とんでもない。



「……それで、私は何をすれば良い?」



 彼女は、どう戦えば良いのか。

 知らなかっただけだ。



「本当に、勇者になる娘なのかも……」



 軽く、俺はそんな事を言った。

 この異世界の仕組みさえ知らないのに。



「けれど、今は――」



 迫る危機感。

 さっきから異常な程に静かだ。


 熱気を、さっきよりも近くに感じた。

 そのせいで、汗が止まらない。

いつの間にか、ドラゴンが近付いてきていたせいで。



「カプラ。簡単に、指示を出す」



 敵が近くにいた。

 襲撃のタイミングを計っていたのだ。

そんな状況で、仲間に作戦を告げる。

それには、工夫が必要だった。



「背に衝撃を感じたら、撃ってくれ」



 俺の作戦モドキの肝は、カプラにある。


 彼女のスキルを撃てば――

 氷の盾を作る事が出来るのならば――

そこで俺たちの勝利は、確定する。



「真上に、撃って欲しい。君の“特別”を」



 カプラは目をまた伏せる。

 その前、一瞬見えた目に、まだ葛藤が見えた。


 目を伏せた後、その目を閉じて、その唇を噛んで、その頬を自分で引っ叩く。


 それからカプラは、またこちらを見る。

 その目には、覚悟のみが浮かんでいた。



「任せて……私、勇者特別だからね」

「ありがとう」



 そう言って俺は、ズボンのポケットに手を入れる。

 その手に、冷たい感触が当たる。


 それは、ナイフの感触だった。

 転生直後から持つ、覚えのないナイフ。

そのナイフの銀製の柄の感触。


 このナイフと俺の小さな脳味噌、羊少女の力。

 それが今使える武器の全て。


 あぁ……あと、もう一つあったか。



「それと、そのロングソードも借りる」

「いいわ。借りるってんなら返しなさい?」

「……善処する」



 彼女が背負った剣を抜き、こちらに差し出す。

 それを俺は右手で受け取る。

 

 そして、俺は左手で、首元のマントの紐を解く。

 脱いだ自分のマントを、その手に取る。

右手に握った剣の根元に、巻き付ける。


 それから、左手でカプラの手を、握り取る。

 白い手を握り、それから引いて走った。


 岩陰から跳び出た。

 いつの間にか、岩のすぐ後ろに迫ったドラゴン。


 ヤツへと跳んで駆けた。

 奇声を上げて駆けた。


 奇人、変人の仕草。

 "以前"までの俺らしさの欠片もない。

これでは、ただの――



「どぉおおおおおりゃあああああああああ!!!」



 ドラゴンに飛びついた、それは――

 さながら瞬間的英雄ヒーローだ。

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