第5話 勝負師のチップ。


 白い閃光が焼いた。白い炎が。

 一帯を焼き尽くす勢いだった。


 実際、周囲のほぼ全てを焼いた。

 俺たち以外の全てを、焼いた。


 閃光が輝いた時――

 その時、俺はカプラを岩の後ろへと連れ込んだ。


 岩の窪みに彼女を押し込んだ。

 上から覆い被さった。



「ケホッ」



 咳をすると、喉が燃える様だった。

 呼吸が難しい。息が苦しい。


 心配そうなカプラが、そんな俺を見上げる。

 名前も知らない、俺を呼ぶ。



「ねえ、大丈夫……!? 亡者さん!」



 大丈夫な訳もない。

 けれども、笑みを返す。



「……俺は亡者じゃないよ」

「へ」

桐矢夕きりやゆうって言うんだ」

「キリヤ……ユウ?」

「そう、それが俺の名前だ。カプラ」



 煤の付いた右手を差し出す。

 俺は、軽く握手を促した。



「よろしくサマな」



 きっとってのは、こう言う事を言う。

 絶対絶命を笑い飛ばして、軽口を叩く。



「こちらこそ――って……何?! 普通、こんな時にする?!」

「え、大事だろ? 自己紹介……ゲホッ」

「大事だけども!」



 周りでは、木々の太い幹が燃えている。

 木の葉が舞い上がっている。

緑の葉が、灼熱の風に煽られて、燃え上がり、舞い上がっている。


 物理現象というものは、いつもこうだ。

 凶悪なほどに綺麗すぎる。



「火炎の熱による、上昇気流――……か」



 舞い上がった果てに、宙にて、燃え尽きる。

 そんな葉の黒い最期を見て、ちょっと笑う。

その折、呟く。



「物理法則がちゃんとあるのか……ドラゴンが炎を噴く様な、異世界ファンタジーの癖してよ……はっ」



 俺は、笑っていた。

 こんな状況で、声を出して、笑い始めた。

咳混じりだって、笑った。


 この喜劇に果ては無いんだ。

 そう分かったから。



「今度は、何を訳わかんない事で笑ってんのよ……もう。何がおかしいんだか」



 だって、おかしいじゃないか。

 俺は既に一回死んでるってのに。

また死に掛けているなんて。

それも、こんな似非ファンタジーな異世界で。


 一度、大切な全てを失った。

 それなのに、まだ生きている。


 一度死んだなら、二度死ぬのも同じだ。

 一度失ったのなら、また失うのも怖くない。

それなのに――



「この世界にも、ちゃんと法則があるか。そうか。それなら――」



 それなのに、まだ生きようとする。

 まだ戦おうとする。

これは俺らしくもない感情だ。

俺の内で“主人公”が燃えている。



「勝てるぞ」



 周りの炎が止んだ。

 煙の中、カプラが金色の目を丸くする。

俺の台詞が聞こえたのだ。



「あんた……まさか――アレと戦う気!?」



 驚くカプラ。

 そんな彼女の横、岩陰から覗き見える景色

俺はその景色を覗く。

転生直後さっきも見た、その景色をじっくりと。


 崖の向こうに広がる、崖下の景色。


 大樹の生い茂る、深き森。

 その森の合間に見えた、青い宝石。

宝石が如き青い湖。

崖下に見える青い“勝機”。


 ――『私のスキルは凍結系なの!』

 ――『氷の盾とかも作れる! どう!?』


 そこで、一つの考えがぎった。

 閃光が如く、頭の中で炸裂した。

とてもじゃないが、良い考えとは言えない。

計画とも呼びたくない。

そんな杜撰ずさんな代物を――ひらめいた。


 俺は岩の向こうから、カプラに目を向け直す。



「ねえ、カプラ。初対面で、突然だけど」



 カプラは吐き出しかけていた言葉を、一旦呑む。

 俺が余りに、真剣な顔をしていたからだろう。



「これから、君を酷い目に遭わせる」

「え、え?! ナニする気!?」



 カプラは胸の前で、自分の手をクロスした。

 心許ない盾を作って、自衛を試みた。

明らかに、ナニかを勘違いしている。

 


「違うって! 俺はアレと戦う気なんだ」

「は、何それ……え、本気?」

「本気も本気だ。だから、一緒に酷い目を見てくれ」



 俺の言葉を聞いて、カプラは唾を飲む。

 多分、何かしらの文句も、一緒に飲み込んだ。


 この戦闘バトルを生き残るには、捧げる事が必要だ。

 持っている知識、経験、人生――

その命すらも例外じゃない。


 盤上に賭けられたチップは、二つ。



「あなた……もしかして、何か、思い付いたの?」

「ああ――策を考え付いた」



 ドラゴンの攻撃が止んでいる。

 こちらを伺っている。


 明白に危機的な状況だ。

 敵は、次で仕留めるつもり。


 こちらは、次の次くらいにるか。

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