第15話 涙は勝つ為の伏線。



「私は、ゴミじゃない――ッ!」



 カプラが吠えていた。

 その目に涙を滲ませながら、吠えた。



「なんかデコイにされたし」

「ギクっ」

「わざわざ、口で"ギクっ'て言うな! 白々しいよ!」



 青い顔をした後、赤く頬を沸騰させ、白くなった唇を開いて、怒りを叫ぶ。


 彼女の感情は、見るからにグシャグシャだ。

 乱れに乱れて、纏まりが付かないという風だ。


 仕方ない。無理もない。

 初対面の少年と一緒に、死線を潜った直後だ。


 しかも、あの湖では、ドラゴンに対するオトリとして使ってしまった訳で。

 作戦上、ああするしかなかったとは言え。


 怒る理由も、泣く理由も、十分だ。



「私なんて、膝ガクガクでまともに戦えやしないし! オシッコ漏れそうだったし!」

「漏れそうだったの?」

「うるさい!」

「あ、はい」

「何が勇者サマだ! 適当言っちゃって……こんなんじゃ――」



 ふと気付く。

 彼女にとっての、この戦闘が何だったのか。



「こんなじゃ、誰も認めてくれないよ」



 初陣。初めての戦闘。

 冒険すら、彼女にとっては初めての体験。

恐らく、そうなのだ。


 そこで、あんな風に戦わせてしまった。


 初心者ビギナーにとっては、トラウマモノだろう。


 いや、並みの初心者なら、そもそも動けない。

 俺だって初めては“そう”だった。



「これじゃ、“万年ゴミ”のままだよ……」



 ふと思い付き、思い至った。

 俺と彼女は似ているかもしれない。

涙の色が掻き立てる。記憶――



 ――『仕方ないだろ。俺なんて“万年モブ”なんだから』



 思い出す。

 あの時の、彼女の言葉を思い出す。



 ――『私、特別なの。“ゴミ”なんかじゃないの』



 初対面での彼女。

 あの時の彼女の言葉は、偽りに満ちていた。

演じようとしていた。


 自信満々で勇猛果敢な冒険者。

 あの時、彼女は“それ”を演じようとしていた。


 『いずれは勇者になる』と口では言っていた。

 なのに、目をずっと伏せていた。


 きっと、何かあったのだろう。

 森へ来る前に、俺と出会う前に、どこかで――

きっと、彼女は酷い目を見たのだろう。



 ――『ゴミスキルじゃねえか!』



 誤解したのか?

 さっきの俺の発言を誤解された?


 あの発言は、自分のスキル【白光】のクソ仕様を嘆いての暴言だった訳だが。


 アレを自分に向けられた暴言だと、誤解された?

 とすると、俺はどうしたら良い?


 『ゴミスキル』という言葉を、彼女は毛嫌いしている。


 いや、彼女にとっては、その言葉自体がトラウマそのものなのだ。



「……そうだな。ごめん」



 俺は、言葉を掛け続ける。

 羊が如き美少女の目を見て。


 出会って間もない、まだ知り始めたばかり。

 そんな金色の瞳を見据える。

涙が流れて、一線の糸になった。



「君は凄いよ。本当に」



 彼女の事情は何一つ知らない。


 そんな俺が、彼女を酷い目に遭わせた。

 少なくとも、一回は俺のせいだ。


 ドラゴンの目前に命を賭けさせたのだ。

 だから、俺には責任がある。



「……っ」



 俺は彼女を抱きしめた。

 折れていない左腕で、精一杯に抱きしめた。


 そんなキザな行動を、俺がやっていた。

 驚きだ。



「大丈夫。君は、やれてるよ」



 でも、俺には責任があるから。

 彼女に対しての責任がある。


 命を賭けさせた責任。

 命を懸けた責任。

命を救った責任。


 それが、俺に課せられた全てだ。

 だから、俺は、彼女の笑顔を取り戻す。



「っ……ホント訳わかんない……もう」

「だろうな。ごめん」



 返事替わりか、カプラが俺の胸を殴る。

 ぽこぽこと、力の入っていないパンチだった。



【被ダメージ:1】



 機械音声がそう告げる。

 カプラからのぽこぽこパンチが、俺へのダメージとなった。

俺のHPヒットポイントのゲージを1つ削ったのだ。


 その音声の意味は、そういう事だ。



「フレンドリーファイアかよ……」



 俺は小声で呟き、ちょっと笑う。

 そして、カプラの背中をさする。



「あのな」

「うん……」

「さっきのは、俺自身に対してだよ」

「さっきの?」

「“ゴミスキルだー”――って奴。アレは、俺自身に対して言ったの」



 カプラはハッとした顔をする。

 それから、また怒った。



「何よ、それぇ! 独り言デカすぎ!」

「誤解させてごめん」


 怒りながらに、まだ泣く。


「ホントばかッ! うえええええんっ!」


 カプラが、大粒の涙を流し出した。

 ダムが決壊したように、大きく泣き出した。

糸なんてモノではない。

もはや涙の川。



「よしよし」

「おえ”ぇえええええっ……」

「おい、吐くな?」



 クールタイムとか、強奪とか、折れた右腕とか。

 もう全部、知るか。

この関係を、この“糸”を――切りはしない。


 そんな事を言えたら良かった。

 しかし、そうも言っていられない。

そんなだった。


 俺は顔をしかめて、前を見つめる。

 落ちてきた“身体”を見つめる。

 



 ――新たな轟音と土煙の中で。


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