第2話 何者よ、何サマだ。


 さざ波の音がした。

 その次に、花の匂いがした。

心臓の拍動を感じた。



【スキル2件の内、Bサブスキル発動――言語変換】



 作られた声、合成の声。

 機械みたいな声が、脳の中で直接響いて。


 続けて、訳の分からない事を並べ立てる。



【所持特性:強健きょうけん



 その次、知らない女の声が鼓膜を震わした。

 機械ではない、確かながした。



『……カラ・イーゼ・イスデ?』



 知らない言語だった。

 それを女の声がささやいて、それが暗闇に響く。


 鈴が鳴るように、美しい声だった。


 あまりに、訳の分からない状況だ。

 あまりに、状況に不相応な美声だ。


 その美声で、俺は眉をピクリと反応させる。

 取り戻した意識をハッキリとさせる。

ジワリと身体に反映させる。



「もしもーし、死んでるの?」



 聴こえても答えに困る、質問。

 そんな質問が、ハッキリと耳に届く。


 つまりは、耳は聴こえて、身体も動く。

 俺は、まだ死んでいない。


 俺は、ようやく状況を理解した。

俺は、あの事故を生き残ったのだ。

死ぬほど運が良い。


 どうやら、今の俺は寝かされている様だ。

 背中に土の冷たさを感じる。


 土という事は、ここは病院では無い。

 そうすると、事故現場の近くに寝かされているのか?



「……まさか、この人」



 この知らない声は、誰だろうか。

 知らない声だから、知らない人だろう。


 それにしては、覚えのある匂いがする。



「まさか、にやられて……?」



 それで、今、この声は何を言った?


 どうやら、耳を疑わなければいけない。

 魔女なんて、この世に存在しないのだから。



「なら、回復させないと……なら、試さないと」



 この声は何を試そうとしている?

 俺に対して、何をするつもりなんだ。



「確か、この中に……よし」



 それから目蓋を影が覆う。

花のように、他人の匂いが香る。

それが寄り付き始める。


 その気配が、どうにも鬱陶しく感じた。

 だから、いい加減にしろ!――と、俺は目蓋まぶたを開けたのだ。



「はっ?」

「ひッ!」



 目蓋を開ければ、至近距離に、見知らぬ顔。

 美少女の顔があった。


 らせん状に丸まった角が、右と左の側頭部から、それぞれ生えた美少女の顔、髪、瞳。


 どこか羊を思わせる美少女。

 それが金色の瞳を丸くしていた。



「ふーっ……起きていたの?」

「今、起きたんだ」

「へえ、そう……おはようサマね」



 何が、“おはようサマね”だ。

 明らかに、俺に何かをしようとしていただろう。

素っ気ない顔して、この美少女め。



「死んでなかったのね。そっか」



 その美少女が、腰に下げた小さなポーチを触る。

 具体的には、ポーチの蓋を閉める。


 俺は、その行動に眉を顰めて、問いかける。



「今、何かしようとしてた?」

「え、何もしてないわよ。まだ……」



 微妙に食い違う会話。

 ぎこちない会話の後、美少女は顔を逸らす。

腰のポーチを触りながら。


 銀のような、灰のような色の長髪。

 緩くウェーブの掛かった長髪ソレを小さく揺らす。

その長髪を掻き分け、側頭部から生える茶色い角。

その2つの角を、白い両手でそれぞれ覆う。


 首を縮め、頭を低くして、金の瞳で上目遣い。

 横に伸びる、フサフサな長耳をピクピク動かす。

おまけに、わざとらしく咳払いする。



「ええっと。ごほん。大丈夫そうかしら? その……――誰かさん?」



 俺を"誰かさん"とか呼ぶ、角付きの美少女。


 その仕草一つ一つに、後ろめたさを感じる。

 そして何より、可愛い。見れば見るほど。

日本人離れした目鼻立ちに、長い睫毛。


 腹が立つくらいに可愛い。

 この、どこぞの美少女め。



「……てか、どこぞの誰だよ? 君こそ」



 当然の疑問を俺は口に出す。

 そう言って――それから彼女を見て、考え直す。

その恰好を見直して、改めて考える。



「いや、ちょっと待って……」



 ケモ耳と角だけじゃない。

 彼女の姿は、違和感の塊だ。


 特に、背中に背負っている鉛色の“武器”。


 俺は質問を変えるべきだ。



「……君って――何者?」



 彼女が背負っている、鉛色の武器。

 その正体は、ロングソード。


 それを見つつ、俺は問う。

 彼女は明らかに、只者ではなかった。


 この美少女は、事故現場近くと思わしき、この場で仰々しく武装している。

 場違いに、幻想ファンタジーチックである。


 この状況は一体……――?

 バス事故の後、何があったのか――?


 俺の疑問、その全てを美声がぶった斬る。



「私? 私はカプラ・フォニウス――」



 羊が如き美少女カプラは、こちらに向き直る。

 そして、金色の瞳を伏せてから言った。



「いずれは、“勇者”サマになる娘よ」



 悲惨な事故の直後だ。

 その美少女と出会ったのは――俺が死んだ直後。


 ――みんなを“亡くした”直後だ。



「……はぁ?」



 意味不明、理解不能。

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