第3話 亡者と生者――そのどちらでもないもの。



 意味不明、理解不能、奇々怪界なセリフ。

 角つきの美少女のセリフ。



「私はカプラ・フォニウス。いずれは“勇者”サマになる娘よ」

「……はぁ?」



 この反応も仕方ない。

 何がどうなっているのか。

まるで分からないのだから。



「何よ。驚いたの?」



 彼女は只者ではなかった。

 その異様さは、"自称"だけに留まらない。

その恰好も、正にファンタジー幻想の塊であった。


 こげ茶色のマントを羽織り、その下には、金色の刺繍がされた赤い襟の、丈が長いチュニック。

 その薄茶色の上と下着の一繋ぎワンピースを、二つの巨大山脈ごと締め上げる、右肩から腰までのベルト。


 それは、背負われた長剣――ロングソードの為のベルトだ。



「驚いた……驚いてる、今も」

「でしょ」



 カプラはそう言い、背を反って胸に手を当てる。

 胸を張る。


 “二つの山”が上下に揺れる。

 そうやって、一拍。ぼいん。



「私の名前は覚えておきなさい。何たって、ほら……」



 それからカプラは、気まずそうに顔を逸らす。



「その……勇者サマになる娘……な訳だし?」



 彼女を見て、少しだけ違和感を覚える。

 無駄に大きな仕草、態度だ。胸も大きすぎる。


 一見すると自信満々だ。

 なのに、目が泳いでいる。眉がハの字だ。

けれど、今は――



「カプラ……さん。で、何やってる人? どうして、ここに?」

「だから、勇者よ」

「え」

「私は勇者見習いをやっているの」



 カプラはそう言った。

 言い聞かせるような口調だ。



「ここには……そうね……"力の証明"に来たの」



 勇者。

 ゲームでしか聞かない"用語"だ。


 それが実際リアルの会話に出るなんて、あり得ない。

 俺は、聞き間違いを疑った。

だから、聞き直す。



「実は救命士とかだったりしない? カプラさん」

「何それ……私、勇者なのよ。さっきから言ってるじゃない。何度も」

「……それが意味不明なんだけど。てか見習いじゃないの?」



 呆気に取られてから、さらに聞く。



「てかさ、それ……本気マジで言ってる?」

「何……疑っているの? 銀羊族の小娘だから?」

「え、そんなん、言ってないけど」

「わ、私ね、Aメインスキル凄いのよ!」



 無駄に高いテンション。

 こっちの話は聞いちゃいない。


 どうしよう。

 なんだか面倒臭い、この美少女。


 今は、それに構っていられないのに。

 そんな場合じゃないのに。



「いい? 私のスキルはなの! 勇者っぽいでしょ!?」

「ぽいか? ……いや、そうじゃなくてっ!」

「自由自在に凍らせられるの! ……充分な量なら」

「それはすごい……けど!」

「氷の盾とかも作れる! ほら、特別でしょ? すごいでしょう?!」

「すごい……ドラ○エみたい。いや、違うっ!」

「何が違うのよ?」



 荒唐無稽な話の羅列。

 必死に話題を戻そうとしているのに。

意地でも、勇者の話から離れない。


 この娘、強敵だ。




「違う事なんてない……私、特別よ。“万年ゴミ”なんかじゃないの」

「何だよ……マジで何の話?」



 ちょっと嫌になってきた。


 スキルだのは、ゲームの話だ。

 それはリアルの話じゃない。


 これ以上、騙るんじゃない。

 このゲーム脳が。


 こっちは、バス事故の直後なんだぞ。



「……――さっきから、何が何だってんだよ」



 修学旅行バスの事故。

 あの事故で、人が死んだかもしれない。

大切な友人が死んだかもしれない。


 俺は、みんなが燃えるのをこの目で見た。

 今も網膜に焼き付いている。

そんな時にする話じゃないんだ、コレは。



「はあ……君が何者かはこの際、どうでもいいよ。真面目に話すつもりないみたいだし――だから、頼む。起きた事だけ教えて欲しい」

「起きた事って……?」



 この美少女が何者かは、もうどうでもいい。

 とにかく今重要なのは、“安否”だ。


 ようやくハッキリしてきた頭で分かった。

 今、聞くべき事はコレだ。



「あのバス事故で、俺の仲間クラスメイトは死んだのか?」



 俺と同じバスに乗っていたクラスメイト。

 俺と同じ事故に遭ったクラスメイトたち。

彼らが、あの後、どうなったか。


 今一番重要なのは、それだけだ。



「死んだって? え、誰が? あなたは生きているじゃない?」

「そうじゃない。俺たちは交通事故に遭ったんだ。仲間の安否が知りたい」

「ジコ? それが何なのよ、そもそも」

「何って……ほら、近くにバスの残骸が――」



 近くを見渡す。

 周りにあるのは巨大な木、それに木。

あとは螺旋の模様が入った岩。

それだけしか無い。



「あれ? ……バスが無い。ここは事故現場じゃ……?」



 俺が横たわっていた、その近く。

 そこにバスの残骸は無かった。


 今まで、俺は誤解していた。

 事故現場に横たわっている、と思っていた。

 だが、ここは道路ですら無い。森だ。


 ここは、どこだ?

 事故現場から、安全な場所に運ばれたのか?

だとしても、妙だ。


 巨大すぎる木を見て分かる、違和感。

 日本の森じゃない。



「ともかく立って。ほら」



 カプラに手を引かれ、俺は立ち上がる。


 それから、またも違和感を覚える。

 一つは、カチャリ――と音が鳴った事。

ズボンのポケットの中で音が鳴った事。



「は? てか何だ、これ……ナイフ?」



 ポケットの中の音の正体。

 触ると、それは小さなナイフだ。


 そんなモノを、ポケットに入れた覚えは無い。

 それに、身に覚えのないズボンだ。


 知らないズボンを、いつの間にか、履いている。

 知らないナイフを、いつの間にか、持っている。


 そして、もう一つの違和感。

 それは、その景色。



「この森は、イヨナ・ベーラ随一の危険地帯なの。じっとしてたら、あなた、本物の死体になるわよ」

「イ、イヨ……ナンダ・ソレワ?」

「イヨナ・ベーラよ――我らが世界トゥ・ムゥーラ・コズモザ、ってね」



 俺は、頭の中が真っ白になる。

 それは断じて、カプラのキメ台詞にヤられたからではない。


 俺が歩みを進め、岩の崖の端に立って、目の前を見たからだ。

 すると、目の中に、異様な景色が飛び込んできたからだ。


 白と赤の二つの月。

 満点の星空を浴び、灰色に輝く――壮大な山々。


 俺たちが立つ岩の崖の下で、大樹が深く生い茂る――暗き森。


 その森の合間に、"青い湖"が輝いている。

 まるで、大きな宝石だ。


 それは、ファンタジーでしか有り得ない景色だ。

 それが、現実として、目の前にったのだ。

 


 「俺は、岩の崖の上に寝かされていた……のか」



 現実感もなく呟くと、気の抜けた声色がした。

 俺の声のはずなのに、女みたいな声だった。

けれど、それさえもどうでもいい。


 異様な景色を見て、俺はもう分からなくなった。

 どうしたらいいのか。


 しかし、この景色はどこかで……―――



「ところで、あなたはどこぞの誰なの? ――亡者の“少年さん”?」



 カプラにそう呼ばれて、違和感の正体に気付く。

 俺自身の変化に気付く。

やっぱり、どうでも良くはない。


 俺の身体は縮んでいた。


 どこぞの探偵少年よろしく、俺が若返っていた。


 元から若かったのだけれど。

 それが、さらに若く成り下がってしまっていた。

具体的には18歳から、11歳くらいに。


 恰好もそれ相応に、黒い皮製ブーツ、サスペンダー付きの半ズボン、白いワイシャツの上にマントを羽織った、クソガキ仕様のファッションだ。


 しかして、これではまるで別人だ。



「これって……まさか……――」



 一度死んだ人間が、知らない異世界で蘇る。

 そんな幻想を、“異世界転生”と呼ぶ酔狂アホがいるらしい。



「異世界……転生……したのか?」



 待てよ。

 あの事故の後、俺が死んで蘇った。

俺は、異世界に転生したものとする。



「なら、友人ちゃんあの娘は、どうなった――?」



 そう呟く俺に、突然にして突風が吹きつける。

 そして、真下から“瞳”が現れた。

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