第8話 煙とバカの至る場所。


 カプラが手を離す。


 灰色の長髪がはためく。

 美少女が空を落ちていく。

一人で空を滑っていく。


 その姿に、地平線からの一閃が重なった。

 朝を知らせる、陽光の赤が重なった。


 それが金色の瞳に焼き付いた。

 それから、彼女の視界は青に塗り潰される。

湖の水の、宝石のような青が侵入する。



「ごぼっ!」



 水しぶきが、王冠みたいに1つ上がる。

 湖の中に、“衝撃”と共に着水した美少女。

それ獲物を湖の上から――ドラゴンが狙っていた。


 顎を大きく開き、喉の奥に炎を宿し、湖の上へと急激に迫る。

 その空中でホバリングする、白き殺人者。

 そのドラゴンが、美少女を焼き殺そうとしていた。


 だが、大丈夫だ。

 あの言葉さえ覚えていれば。


 ――『背に衝撃を感じたら、撃って欲しい』

 ――『真上に、撃って欲しい。君の“特別”を』


 美少女カプルは、水中にて、声を噴き上げる。



「お願い、氷の盾よ……【スキル:月冷華ハネヴマ】ッ!」



 刹那の後、ドラゴンが大きく息を吸い込む。

 空気が震える程、雲が割れる程に。



【スキル発動を検知――】



 カプラのスキルが発動した。


 カプラの目の前で、湖の水が凍っていく。

 だが、彼女のすぐ近くの水は凍っていかない。


 彼女から、数センチ離れた所の水だけが凍った。

 彼女に接していない水だけが。


 カプラ自身が、氷漬けにならないように。


 ――「、凍らせられるのよ! 」


 彼女の言葉は、本物だった。

 彼女は、水の凍らせ方を制御できる。


 彼女の正面、湖面だけが凍っていく。

 氷の結晶が湖面を覆い――白く広がる。

それは、まるで花が開く様だ。


 そして――"氷の盾"が出来上がった。



【スキル:劫火ファティア



 またも機械音声。

 そして、竜が噴き付ける。

全てを消し炭と焼き尽くす、炎のブレスを。



「お願い、力を貸して……――お兄ちゃん」 



 湖を囲む、一面の樹木は燃え盛り、景色が地獄へ変わる。


 湖の中は、厚い氷の盾に守られている。

 湖面に広がる、その盾が、彼女カプラを守っている。


 湖面の氷に炎が衝突し、水分が空気に溶け出す。

 それは蒸気。

それが辺りを、真白へと染めるホワイト・アウト


 それは熱蒸気。

 その熱された空気が、ユラユラと昇る。

空に隠れる雨雲までも、赤く焼こうとする。


 いわゆる、上昇気流。


 『ふっ』――と、炎を吐き切った後、頭を揺らすドラゴン。笑うように、ユラユラと。


 これで、女の方は殺した。

 あとの敵は一人だけだ。


 この竜は、そう言っている。

 仕草がそう告げている。


 だが、やがて気付くのだ。


 一人の存在を見失っている――と。



「ふっ……」



 ドラゴンが目を見開く。

 巨大な金色の瞳が、見開かれる。


 ヤツが驚いている。

 驚愕して、動揺している。 

出会った時、俺達が驚かされたコイツが。


 しかし、当然の成り行きだ。

 俺がそう仕組んだのだから。


 笑みを零す。

 やっと――狂気を出した。



「やっと気づいたか? 俺を見失った事に。ドラゴン――」



 ドラゴンがカプラを焼こうとした瞬間。

 あの瞬間、俺はドラゴンの視界の中にいなかった。


 その時、ドラゴンは俺を見つけられなかった。

 俺が、ヤツよりも高い位置にいたからだ。


 ヤツよりも、遥か高みにいた。


 声が届くはずもないが、それでも――

 ここがキメ所。ならばキメ台詞。



「俺は、ここだよ――空飛ぶヤモリ野郎」



 この瞬間に、俺は、勝利条件を満たした。

 敵への戦術的優位アドバンテージを手に入れたのだ。

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