第五十八話
そしてホテルの反対側に移動した。皆がそろったのを見計らって、一柳はホテルから突き出た天空廊下を指差して告げた。
「ほら、あの天空廊下を渡れば、折り紙の塔まで移動しても足跡は付きません」
押谷は、あきれて言った。
「何をバカなことを言っているんですか? 確かに、あの天空廊下の長さから考えれば、あの天空廊下を渡れば折り紙の塔へ足跡を付けずに移動することが出来るでしょう。
しかし向きが完全に逆じゃないですか。あの天空廊下は折り紙の塔と完全に反対を向いています。これは、どう説明するんですか?」
一柳はまたもや、あっさりと告げた。
「簡単なことです。ホテルを百八十度、回転させればいいんです」
皆が沈黙した。それは数十秒、続いた。
やっとのことで新田が口を開いた。
「な、何を言っているんですか、先生。そんなホテルが回転するだなんて、そんなバカな……」
「でも、その場面を新田さんも見たじゃないですか」
「へ? 私が? もってことは、先生も見たんですか? いつですか?」
「決まっているじゃないですか。一昨日の午後十時半です」
「すみません、言っていることがよく分からないんですが……」
一柳は説明した。
「簡単なことですよ。一昨日の午後十時半、私が泊っている部屋の窓から見ましたよね。あの折り紙の塔を。つまりそれが一昨日の午後十時半、このホテルが百八十度、回転していた証拠です。
そして一昨日の午後十時半に見えた折り紙の塔が、次の日の朝に見えなくなったので、折り紙の塔が動いたと思ってしまったんです」
「いや、確かに一昨日の夜、先生が泊っている部屋の窓から折り紙の塔を見ましたが……。
いや、そんなバカな。そんなこと、あり得ませんよ!」
「やれやれ、新田さん。あなたは頭が、ちょっと固いんじゃないですか?」
「どういうことですか?」
「もう一度、言いますが野上さんは電機メーカーでモーターの設計を担当していました。小型や大型の。それならばホテルを回転させるほどの巨大なモーターも設計、出来るでしょう。
それに野上さんは、このホテルのオーナーです。このホテルを作る時、地下にこのホテルを回転させるためのモーターを業者に設置させることも出来たはずです。ホテルと地面の間には隙間がありました。これはホテルを回転させるためでしょう、違いますか?」
三月三十日
野上ホテル
天空廊下 |—| 折り紙の塔
|—――|―| |—|
|—――|―| |―|
|―| |―|
—————|—|———|—|——
三月三十一日 午後十時半
天空廊下
|—| ↓
|―|―——|—|
|―|———|―|
|―| |―|
—————|—|———|—|——
四月一日
|—|
|—――|―| |—|
|—――|―| |―|
|―| |―|
—————|—|———|—|——
再び皆が沈黙した。今度は十数秒。そして皆が野上を見た。
野上は聞いた。
「一柳さん。僕は今、あることを後悔しています。それは何だか分かりますか?」
「申し訳ありませんが、分かりません」
「それは従業員用の部屋とはいえ、そこにあなたたちを泊めたことです。この計画は二年がかりでした。あなたたちがいなければ、完璧な計画でした」
「そうですか……」
「はい……」
●
そして野上は心の中で夕夏に、わびた。
すまない夕夏、僕はこれから逮捕されるだろう。そしたら君の葬式の喪主を務めることも出来ないし毎朝、仏壇に君の好きな緑茶を供えることも出来ない。
野上の計画では野上と、鍋島か小澤の2人で夕夏の遺体を見つける。そして110番通報する。警察の捜査の結果、夕夏は自殺と判断される。そして、もちろん野上が罪に問われることはなく、夕夏の葬式の喪主を務め毎朝、仏壇に夕夏が好きな緑茶を供えるはずだったのに……。
一柳凛太郎という存在が、野上の計画を狂わせた。まずは夕夏の部屋を二重の密室にするため、歩くと足跡が付く雨が降る日を選んで決行したのに、ホテルが百八十度、回転したのを見られた。
更に夕夏の死を自殺ではなく、他殺の可能性があると言い出した。そして今、夕夏を殺したのは自分だと言い当てた……。
野上は後悔した。やはり一柳凛太郎をホテルに泊めさせるべきでは、なかったと。
●
二年前。その日の夜は野上は上機嫌だった。最近は夕夏の調子が良く、二人で酒を飲むことが出来たからだ。テーブルワインを二人で飲んでいた。
「そうなの。今度、課長に昇進するの? おめでとう」
「うんうん、ありがとう。僕は幸せだよ。君と結婚できて僕は幸せだよ」
だが二人の間に、暗雲が立ち込み始めた。
「でも一つ、注意してもらいたいことがあるわ。なんとトイレの壁に排せつ物が塗られていたの。
全く、どうやって塗ったのか知らないけれど、あれは勘弁してもらいたいわね。汚れを落とすのは大変だったんだから」
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